高齢者の住まいについて考えるとき、私たちはさまざまな条件を確認します。
一人で生活できるのか。
階段は使えるのか。
トイレや浴室は安全なのか。
買い物はできるのか。
病院へ通えるのか。
家族の支援は受けられるのか。
経済的に暮らし続けられるのか。
しかし、こうした条件を一つひとつ整理しても、本人がどうしても動こうとしないことがあります。
その理由が、
「この子を置いていけない」
ということがあります。
ペットです。
以前、地域包括支援センターの方から、ペットがいることを理由に入院をためらっている高齢者がいる、という話を聞いたことがあります。
本人の身体だけを考えれば、入院した方がいいのかもしれない。
しかし本人にとっては、自宅に残していくペットの方が心配です。
「自分がいなくなったら、この子はどうなるのか」
預かってくれる家族がいなければ、これは簡単には解決できません。
高齢者の住まいを考えるとき、ペットは単なる「飼っている動物」ではありません。
長年一緒に暮らしてきた家族であり、生活そのものの一部になっていることがあります。
だからこそ、ペットの存在が、
入院するか。
自宅に残るか。
住み替えるか。
施設へ入るか。
その人の人生の大きな選択にまで影響することがあります。
今回は、高齢者とペットの問題を「ペットを飼うメリット」ではなく、住まいと暮らしの問題として考えてみたいと思います。
「本人は入院した方がいい」だけでは解決しない
医療や介護の側から見れば、本人の安全を優先して考えるのは当然です。
体調が悪ければ入院する。
一人暮らしが難しくなれば支援を増やす。
自宅生活が難しければ住み替えや施設入所を考える。
しかし、本人の生活はそれほど単純ではありません。
例えば、犬と二人で暮らしている高齢者がいたとします。
家族は遠方にいる。
近所に犬を預かってくれる人はいない。
本人が突然入院することになった。
その瞬間、
「本人をどうするか」と同時に、「犬をどうするか」という問題が発生します。
本人だけなら救急車で病院へ行けます。
しかし犬は、自宅に残ります。
今日の餌はどうするのか。
散歩は誰がするのか。
明日はどうするのか。
入院が1週間、1か月と長引いたらどうするのか。
その見通しがなければ、
「入院してください」
と言われても、本人がためらうのは不思議ではありません。
これは本人が医療の必要性を理解していないからとは限りません。
入院した後の暮らしに、解決していない問題が残っているのです。
ペットがいることで「住み替えられない」こともある
高齢になり、今の家で暮らすことが難しくなったとします。
階段がつらい。
雪かきができない。
病院が遠い。
買い物にも困る。
もっと生活しやすい場所へ住み替えた方がいい。
理屈ではそうなります。
しかし、ペットと暮らしている場合、住み替え先の選択肢は一気に狭くなることがあります。
ペット可の賃貸住宅を探さなければならない。
高齢者であること。
収入の問題。
保証人の問題。
そしてペットを飼っていること。
条件が一つずつ重なるほど、選べる住宅は減っていきます。
高齢者向け住宅や施設でも、すべてがペットと一緒に入居できるわけではありません。
すると、
「今の家では暮らしにくい」
ことが分かっていても、
「ペットと一緒に暮らせる場所がないから、この家に残る」
という選択が起こります。
この場合、住み替えを妨げているのは本人の頑固さではありません。
本人が大切にしている生活を維持できる住まいが見つからないのです。
高齢者とペットの問題は「家の中」にもある
ペットとの暮らしは、住み替えや入院だけの問題ではありません。
自宅の住環境にも影響します。
例えば犬の場合、散歩があります。
以前は毎日30分歩いていた。
しかし、本人の足腰が弱くなる。
歩く速度が遅くなる。
冬道が怖くなる。
犬が急にリードを引けば、転倒する可能性もあります。
猫なら、足元を横切ることがあります。
餌の器や水入れを床に置けば、かがむ必要があります。
トイレの掃除も必要です。
ペット用品が生活動線上に置かれることもあります。
若い頃には何でもなかった世話が、身体機能の低下によって負担になることがあります。
ここで重要なのは、
「ペットを飼えるか、飼えないか」という二択にしないことです。
餌の置き場所を変える。
かがまなくても世話ができるようにする。
ペット用品の配置を変える。
散歩を家族や外部サービスと分担する。
滑りやすい床を見直す。
本人の生活動線とペットの生活場所を整理する。
人の身体が変わったなら、人とペットが一緒に暮らすための家の使い方も変える必要があります。
「ペットのために自宅にいたい」は間違いなのか
高齢者の在宅生活について考えると、
「本人の希望を尊重しましょう」
という言葉がよく使われます。
しかし現実には、希望だけでは生活できません。
一方で、
「危ないから施設へ」
「入院が必要だからペットは諦めて」
と、本人の生活からペットだけを切り離して考えることも簡単ではありません。
長年一人暮らしをしてきた高齢者にとって、毎日話しかける相手がペットだけということもあります。
朝起きる理由になっているかもしれない。
散歩のために外へ出ているかもしれない。
餌を与えることが、一日の役割になっているかもしれない。
その存在を失うことは、単に「ペットを飼わなくなる」という変化ではありません。
その人の生活そのものが変わる可能性があります。
だから、
「ペットがいるから入院しない」
という話を聞いたとき、
「そんなことを言っている場合ではない」
で終わらせるのではなく、
なぜ、その人はペットを置いていけないのか。
そこまで考える必要があると思います。
しかし、ペットの暮らしも守らなければならない
一方で、本人の希望だけを優先することもできません。
高齢者自身がペットの世話を十分にできなくなることがあります。
散歩に行けない。
トイレを掃除できない。
餌を買いに行けない。
動物病院へ連れて行けない。
認知機能が低下すれば、餌を何度も与えたり、逆に与えることを忘れたりする可能性もあります。
本人は、
「ちゃんと世話をしている」
と思っていても、実際には難しくなっている場合があります。
これは高齢者の尊厳と同時に、動物の福祉も考えなければならない問題です。
だからこそ、
「本人がペットと暮らしたい」という希望と、「本人がペットの世話を続けられるか」は分けて考える必要があります。
暮らしたい。
でも一人では世話が難しい。
ならば、世話を補う方法はないか。
それでも難しいなら、次の暮らし方を考える。
本人かペットか、どちらか一方を切り捨てるのではなく、できるだけ早い段階から選択肢を考えておくことが重要です。
本当に困るのは「突然その日が来たとき」
高齢者とペットの問題で、最も難しいのは突然の変化です。
転倒した。
脳卒中になった。
救急搬送された。
認知症が急に進んだ。
施設入所が必要になった。
そして、本人が亡くなった。
こうした出来事は、準備が整うまで待ってくれません。
本人が救急搬送された後、自宅にペットだけが残る。
家族が遠方から来るまで数日かかる。
誰が家に入るのか。
鍵はどうするのか。
ペットは人に慣れているのか。
どこへ預けるのか。
費用は誰が負担するのか。
ここまで来てから考えると、家族も支援者も非常に困ります。
しかし、本人が元気なうちは、
「まだ大丈夫」
「この子より自分の方が先に死ぬとは限らない」
「そのときは家族が何とかしてくれる」
と、先送りされやすい問題でもあります。
これは以前、高齢者が亡くなった後に家族が家の整理や手続きで混乱する問題について書いたときと似ています。
準備する時間はあったのに、問題が起きるまで誰も具体的に考えていなかった。
ペットについても同じことが起こります。
ペットと暮らし続けるために、元気なうちから決めておきたいこと
では、どうすればいいのでしょうか。
私はまず、
「自分が明日、家に帰れなくなったらどうするか」
を考えておくことが出発点になると思います。
大げさな終活ではありません。
明日、突然入院する可能性は誰にでもあります。
そのとき、
誰がペットに餌を与えるのか。
誰が家の鍵を持っているのか。
散歩はどうするのか。
動物病院はどこか。
普段食べている餌は何か。
薬を飲んでいるなら、どう与えるのか。
数日ではなく、数週間帰れなかったらどうするのか。
そして、自宅へ戻れなくなった場合、誰に託すのか。
ここまで決めておけば、本人自身も安心して医療や介護を受けやすくなります。
つまり、ペットの将来を考えることは、
ペットのためだけではありません。
高齢者本人が必要な支援を受けられるようにするための準備でもあります。
住まいを考えるとき、ペットを「後から出てくる条件」にしない
高齢者の住み替え相談で、
本人の身体。
家賃。
病院。
買い物。
交通。
家族。
こうした条件をすべて整理した最後に、
「実は犬がいます」
となれば、住まい探しは最初からやり直しになるかもしれません。
ペットは付属条件ではありません。
その人がペットと暮らし続けたいのであれば、最初から住まいの条件に入れる必要があります。
同じことは施設入所にも言えます。
「いよいよ自宅が難しくなってから」探すのではなく、ペットと暮らしている人ほど、早い段階から将来の住まいを考えておく。
今の家で暮らし続けるなら、どこまで可能なのか。
住み替えるなら、どんな選択肢があるのか。
本人が入院したらどうするのか。
ペットより先に本人が亡くなったらどうするのか。
家の問題とペットの問題を別々に考えないこと。
それが重要だと思います。
福祉住環境研究所版「高齢者とペットの暮らし」チェックリスト
今、ペットと暮らしている高齢者本人や家族の方は、一度確認してみてください。
□ 本人が突然入院したとき、当日からペットの世話をする人が決まっている
□ 自宅の鍵を預けられる人がいる
□ ペットの餌、薬、動物病院などの情報を本人以外も知っている
□ 数週間以上の入院になった場合の預け先を考えている
□ 本人が散歩やトイレ掃除を今も無理なく行えている
□ ペット用品が本人の生活動線を妨げていない
□ ペットが足元を横切ることによる転倒リスクを確認している
□ 本人が住み替える場合、ペットと暮らせる住まいの選択肢を調べている
□ 施設入所が必要になった場合のことを考えたことがある
□ 本人がペットより先に亡くなった場合、引き取る人が決まっている
□ 家族は「そのときになれば何とかなる」と考えていない
□ 本人と家族で、ペットの将来について一度でも具体的に話したことがある
このチェックリストは、ペットを手放すためのものではありません。
むしろ逆です。
できるだけ長く、安心して一緒に暮らすための準備です。
そして、本人とペットが最後まで必ず同じ家で暮らすことだけが唯一の答えでもありません。
本人の身体が変わる。
ペットも年を取る。
家族の状況も変わる。
そのたびに、本人とペットの両方にとって何が一番いいのかを考え直す必要があります。
「この子がいるから家を離れられない」と言われる前に
高齢者の住まいの問題は、住宅だけを見ても解決しません。
そこには、その人の生活があります。
家族がいる。
思い出がある。
近所との関係がある。
そして、ペットがいることもあります。
支援する側から見れば、
「この家での一人暮らしはもう難しい」
と判断できることがあります。
しかし本人にとっては、
「この家を離れる」ということが、「この子と離れる」ということでもある。
それなら、本人が動かない理由は住宅だけを見ても分かりません。
高齢者がどこで暮らすのかを考えるときには、
「安全に住める家はどこか」
だけではなく、
「その人が大切にしているものと、どう暮らし続けるのか」
まで考える必要があります。
そして、突然の入院や施設入所が必要になってからでは、選択肢は少なくなります。
ペットと暮らしている高齢者ほど、元気なうちに、
自分のこと。
家のこと。
そしてペットのこと。
この三つを一緒に考えておく。
それが結果として、本人が必要な医療や介護を受けることを妨げず、ペットの暮らしも守ることにつながるのではないでしょうか。
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講演・研修のご相談について
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高齢者の暮らしは、住宅だけで決まるものではありません。身体機能、家族、経済状況、地域環境、医療や介護、そして今回取り上げたペットのように、その人が大切にしている存在も住まいの選択に影響します。
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