「せっかく建てた家なのだから、できるだけ長く住みたい」
そう考えるのは自然なことだと思います。
住宅ローンを払い、子どもを育て、家族の思い出が積み重なった家です。年齢を重ねたからといって、簡単に手放せるものではありません。
しかし、作業療法士として高齢者や障がいのある方の生活を見てきた私は、ときどき逆のことを考えます。
「その家に住み続けること」が、本当にその人の生活を守っているのだろうか。
そんなことを改めて考えさせられるニュースがありました。
戸建てを売って、家族5人で団地へ
2026年8月、関西テレビが大阪府堺市の「茶山台団地」を取り上げました。
1971年に誕生した大規模団地で、2000年代以降は高齢化などによって入居率が低下し、2016年には約20%が空室になったといいます。
ところが現在は状況が変わりました。
住民と行政による団地再生が進み、2021年以降は入居率が9割以上まで回復しています。2戸を組み合わせて約90㎡として使う「ニコイチ」、自由度の高いリノベーション、住民同士の交流など、かつての団地とは違った価値が生まれています。
中でも私が目を引かれたのが、
「戸建てを売って家族5人で団地へ移った」
という家族でした。
普通は逆を想像します。
結婚してアパートに住み、子どもができて、いつか戸建てを買う。
ところが、この家族は一度手に入れた戸建てを売り、団地を選びました。
理由は単に家賃が安いからではありません。学校、地域とのつながり、住民同士の交流などを含め、「そこでどう暮らせるか」を選んでいるのです。
これは高齢期の住まいを考えるうえでも、かなり重要な話だと思います。
私たちは「家」を残そうとしすぎていないだろうか
私はこれまで、このサイトで住宅改修、段差、車椅子、空き家、除雪など、さまざまな住環境の問題を書いてきました。
一見すると別々の問題ですが、実はかなりの部分がつながっています。
若いころに建てた家が、70歳、80歳になっても自分の生活に合っているとは限らないからです。
例えば、子どもが独立したあとも4LDKの戸建てに夫婦2人で暮らしている。
いつしか2階にはほとんど行かなくなった。
庭の手入れが大変になった。
雪かきもつらくなった。
買い物は車がなければ難しい。
そして免許返納が現実的になってくる。
それでも、
「まだ住めるから」
と暮らし続ける。
住宅そのものは壊れていません。
しかし、身体と生活のほうが、少しずつ家から離れていきます。
私はこれを「家とのズレ」と考えています。
病院では「退院できるか」を何度も考えてきた
私は作業療法士として約12年間、病院でリハビリテーションに携わってきました。
そこで住宅を考える場面は珍しくありませんでした。
階段を上れるか。
玄関を越えられるか。
トイレまで歩けるか。
浴槽をまたげるか。
ベッドをどこに置くか。
手すりを付けるか。
患者さんが退院するときには、こうしたことを考えます。
ただ、今になって思うことがあります。
病気になってから住環境を考えるのでは、選択肢がかなり減っている。
階段を上れなくなってから「2階をどうしよう」と考える。
雪かきができなくなってから「冬をどうしよう」と考える。
運転できなくなってから「買い物をどうしよう」と考える。
それでは生活が問題になった後の対応です。
本来はもう少し前に、
「この家で、あと20年暮らせるだろうか」
と考えてもいいはずです。
国も「住宅と世帯のミスマッチ」を問題にしている
これは個人だけの話でもありません。
国土交通省も、高齢者が広い住宅に少人数で暮らす一方、子育て世帯が狭い住宅に暮らしている状態を「住宅と世帯のミスマッチ」と捉えています。
そのため、高齢者の持ち家を借り上げて子育て世帯などに貸し、高齢者はその賃料をもとに高齢期に適した住宅へ住み替える仕組みも用意されています。
つまり、
「高齢になっても持ち家に住み続ける」以外の選択肢は、すでに政策としても考えられている
わけです。
私はここがもっと知られてもいいと思っています。
では、団地なら安心なのか
ここは注意が必要です。
今回の記事を読んで、
「それなら老後は団地に住めばいい」
とは私は思いません。
団地にも住環境上の問題があります。
特に古い団地では、エレベーターの有無、階段、浴室の段差、玄関、断熱性などを確認する必要があります。
例えば5階の部屋が安かったとしても、エレベーターがなければ、足腰が弱った後には生活そのものが難しくなるかもしれません。
反対に低層階で、スーパーや病院、バス停が近く、雪かきや建物管理の必要がなく、人とのつながりもあるなら、郊外の戸建てより生活しやすい場合もあるでしょう。
だから重要なのは、
戸建てか団地かではありません。
その人の身体と生活に、どちらが合っているかです。
これは作業療法でいう「人と環境との適合」を、住宅に当てはめて考えることでもあります。
茶山台団地で興味深いのは「部屋」より外側だった
今回の茶山台団地の記事で、私がむしろ注目したのはこちらです。
団地は広く坂道も多いため、高齢者の移動を助ける電動カートが運行されています。
社会福祉士がいる出張カフェもあり、健康相談だけでなく、住民がおしゃべりできる場所にもなっています。
若い住民と高齢住民が交流する場も作られています。
これは非常に重要です。
住環境というと、
「段差をなくす」
「手すりを付ける」
「車椅子対応にする」
といった住宅内部の話になりがちです。
しかし、人間は玄関の中だけで生活しているわけではありません。
玄関を出たあとにスーパーまで行けるか。
病院へ行けるか。
人と会えるか。
困ったときに助けを求められるか。
そこまで含めて住環境です。
国土交通省も現在の団地再生について、単に建物を改修するだけではなく、高齢者や子育て世帯の生活支援施設、地域活動、若年世帯の住み替えなどを含めた取り組みとして位置付けています。
つまり、これから問われるのは、
「どんな家に住むか」だけではなく、「どんな地域に住むか」
なのだと思います。
北海道では「除雪」も住宅性能の一つだと思う
そして北海道に住んでいる私としては、もう一つ外せない問題があります。
雪です。
バリアフリー住宅を建てても、玄関から道路まで雪で出られなければ、冬の生活は成り立ちません。
若いうちは自分で雪かきができても、それが10年後、20年後もできる保証はありません。
ロードヒーティングを入れる。
除雪を頼む。
家族に来てもらう。
それぞれ方法はあります。
しかし全部、費用か人手が必要です。
そう考えると北海道では、
「自分で除雪しなくても生活できる」こと自体が、高齢期の重要な住環境性能
ではないでしょうか。
手すりの位置だけを測っていても、高齢期の生活は設計できないのです。
「持ち家だから住居費ゼロ」でもない
さらに宅地建物取引士、FPとして考えると、お金の問題もあります。
住宅ローンを完済すると、
「家賃がないから、この家に住み続けたほうが得」
と思いやすくなります。
しかし持ち家にも費用はかかります。
固定資産税、火災保険、外壁、屋根、給湯器、水回り、除雪、庭、将来のバリアフリー改修。
一方、賃貸へ移れば毎月家賃が発生します。
さらに持ち家を売ればまとまった資金になる可能性がありますが、売却価格は地域や建物の状態によって大きく違います。
だから、
「持ち家なら得、賃貸なら損」
という単純な話ではありません。
今後20年間に必要になる住宅費と、そこで得られる生活を比べる必要があります。
住み替えるなら「まだ暮らせるうち」がいい
ここが今回、一番伝えたいところです。
住み替えを考えるタイミングは、
今の家で暮らせなくなったときではありません。
むしろ、
まだ普通に暮らせているときです。
自分で物件を見に行ける。
荷物を整理できる。
どこに住みたいか選べる。
地域を歩いて確かめられる。
家を売るか、貸すか、残すか考えられる。
身体機能が大きく落ちてからでは、こうした選択を自分ですること自体が難しくなることがあります。
「まだ大丈夫」は、
何もしなくていい理由ではなく、選べるうちに考えられる時間
なのかもしれません。
今の家にあと20年住めるか――7つのチェック
住み替えるべきか迷ったら、「家の価値」ではなく「そこで続けられる生活」を確認してみてください。
- 寝室・トイレ・浴室を同じ階にまとめられるか
- 玄関から道路まで無理なく出られるか
- 階段を使えなくなっても生活できるか
- 車を運転しなくても買い物・通院ができるか
- 除雪や庭、建物の管理を続けられるか
- 歩行器や車椅子が必要になった場合にも対応できるか
- 住宅の維持費・改修費と住み替え後の費用を比較したか
三つ、四つと不安が出てくるなら、すぐ家を売る必要はありません。
ただし、
「住み続ける」以外の選択肢を調べ始める時期
には来ているかもしれません。
家を守ることと、暮らしを守ることは同じではない
私は、住み慣れた家を手放すことを簡単に勧めたいわけではありません。
家には数字では測れないものがあります。
家族との記憶があります。
地域とのつながりがあります。
だから、住み続ける選択も当然あっていい。
ただし、
家を守ることが目的になって、その人の暮らしが小さくなってしまうのなら、一度立ち止まって考える必要があります。
2階へ行かなくなる。
冬は外へ出なくなる。
車を運転できなくなって買い物へ行けなくなる。
人と会わなくなる。
それでも「自宅で暮らしている」と言えるでしょう。
住環境を考える目的は、家に住み続けることではありません。
その人らしい生活を、できるだけ長く続けることです。
戸建てを売って団地へ移った家族の記事を見て、私は改めてそう思いました。
「持ち家を手放して賃貸へ行くなんてもったいない」
ではなく、
「これからの自分に、この住まいは合っているだろうか」
そう考える人がもっと増えてもいい。
住宅改修も、住み替えも、団地も、マンションも、一戸建ても手段です。
大切なのは、
家に人生を合わせるのではなく、これからの人生に家を合わせること。
福祉住環境とは、本来そういうものではないでしょうか。
関連記事
- なぜ高齢者は住み替えを決断できないのか
今回の記事と一番近い。まさに「家とのズレ」「雪かき」「買い物・通院」まで扱っているので、最優先の内部リンク。
記事を読む - 空き家になる前に考えたいこと――「住めなくなってから」では遅い理由
「住み替え→残された戸建てをどうするか」へ話をつなげられる。宅建士の視点も出ている記事。
記事を読む - 2階の押し入れが空になるとき、その家で起きていること
これ、今回の記事とかなり相性いい。「戸建てに住んでいるけれど、実際には1階だけで暮らしている」という住み替え前の兆候を扱っている。
記事を読む - 在宅介護が続く家と続かない家
2階寝室、狭いトイレ、長い廊下など、「住宅改修で粘るのか、住み替えるのか」という今回の記事の次の疑問につながる。
記事を読む
参考資料
今回のニュース:関西テレビ「戸建てを売って家族5人で越してきた人も 入居率V字回復『団地』の魅力」
制度・政策背景:国土交通省「住宅団地の再生」 / 国土交通省「高齢者等の住み替え支援事業」
講演・研修のご依頼
福祉住環境研究所では、作業療法士・宅地建物取引士としての視点から、高齢者・障がい者の住環境、住宅改修、住み替え、地域での移動や防災などをテーマに講演・研修を行っています。
「バリアフリーにすれば終わり」ではなく、身体機能、生活動作、住宅、地域環境まで含めて、その人がこれからも生活を続けられる住環境を考えます。
自治体、医療・介護・福祉事業所、地域団体等での講演・研修については、お問い合わせください。


コメント