福祉用具というと、どのようなものを思い浮かべるでしょうか。
車椅子、歩行器、介護ベッド、手すり、シャワーチェア。
福祉用具について書かれた記事の多くは、「どのような種類があるのか」「どのような人が使うのか」「介護保険で利用できるのか」といった説明が中心です。
もちろん、それらの情報も必要です。
しかし、作業療法士として人の生活や住環境を見てきた私は、福祉用具について別のことを考えることがあります。
福祉用具を使うということは、その人の暮らしに何をもたらすのでしょうか。
できなかったことを、できるようにする。
介助が必要だったことを、自分でできるようにする。
転倒の危険を減らす。
家族の負担を減らす。
確かに福祉用具には、そうした力があります。
一方で、福祉用具を置いたことで部屋が狭くなることもあります。
移動の邪魔になることもあります。
そして、かつて本人の自立を支えた福祉用具が、身体の変化によって役割を失うこともあります。
それでも、そのまま家の中に残り続ける。
福祉用具は、置けばそれで暮らしが良くなるものではありません。
人と家の間に入るものだからこそ、本人にも、住環境にも合っていなければならない。
今回は、福祉用具の種類や制度の話ではなく、「福祉用具を使う」ということそのものを、福祉住環境の視点から考えてみたいと思います。
「自分で立ちたい」を支えた二つの福祉用具
私が関わっている方の中に、ベッカー型筋ジストロフィーの方がいます。
進行性の疾患であり、徐々に筋力が低下していきます。
5年以上前のことです。
その方には、
「どうしても自分の力で立ちたい」
という希望がありました。
そこで使っていたのが、天井と床の間に突っ張って設置するH型の手すりと、電動で座面が上昇する座椅子でした。
座面を電動で持ち上げる。
立ち上がりやすい高さまで身体を上げる。
そして手すりにつかまる。
二つの福祉用具を組み合わせることで、何とか自分の力で立ち上がることができていました。
このとき、福祉用具には明確な意味がありました。
単に「転ばないための手すり」ではありません。
単に「立ち上がりを楽にする椅子」でもありません。
本人が自分で立つための環境をつくっていたのです。
もし福祉用具がなければ、誰かに身体を持ち上げてもらう必要があったかもしれません。
しかし、道具を使うことで、自分でできる。
これは福祉用具が持つ大きな力だと思います。
身体そのものを元に戻すことはできなくても、環境を変えることで、その人ができることを残せる場合があります。
「人が家に合わせる」のではなく、福祉用具を使って環境の側を本人に近づける。
少なくとも、その当時は、その二つの福祉用具が本人と住環境の間をつないでいました。
5年後、その手すりは物掛けになっていた
しかし、人の身体は変わります。
特に進行性の疾患では、5年前にできていたことが、今も同じようにできるとは限りません。
現在、その方は当時の方法で自力で立ち上がることは難しくなっています。
介助者に身体を引き上げてもらい、車椅子へ移乗しています。
では、5年前に自立を支えていたH型の手すりはどうなったでしょうか。
今では、物を掛ける場所になっています。
しかも、そこにあることで動線を塞ぐ存在にもなっています。
私は、この変化が福祉用具を考える上で非常に重要だと思っています。
5年前、その手すりは必要でした。
本人の希望をかなえ、自分で立つことを助けていました。
だから、設置したことが間違いだったわけではありません。
しかし、
「あのとき必要だった」ということと、「今も必要である」ということは別の話です。
福祉用具を導入するときには、その人の身体状態を評価します。
どのような動作が難しいのか。
何があればできるのか。
どこに設置すれば使いやすいのか。
ところが、一度設置した後はどうでしょうか。
身体機能が変わっても、福祉用具だけは同じ場所に残り続けることがあります。
使わなくなった手すり。
座らなくなった椅子。
動かさなくなった歩行器。
乗らなくなった車椅子。
それらが、いつの間にか生活空間の一部になっていきます。
本人も家族も、そこにあることに慣れてしまう。
そして、かつて生活を助けていたものが、いつの間にか生活の邪魔をするものへ変わることがあります。
福祉用具には「賞味期限」があるのではなく、役割が変わる
ここで誤解してほしくないのは、「古くなった福祉用具は捨てましょう」という話ではありません。
福祉用具そのものに問題があるわけでもありません。
重要なのは、その人と福祉用具との関係が変わったということです。
5年前には、
「自分で立つ」
という目的がありました。
そのために手すりと電動昇降座椅子を使っていました。
しかし現在、移乗方法そのものが変わっています。
そうであれば、住環境も現在の移乗方法に合わせて見直す必要があります。
今必要なのは、
「昔、自分で立つために必要だった手すり」
ではなく、
「現在の介助方法で安全に車椅子へ移乗できる空間」
かもしれません。
つまり、同じ人の同じ家であっても、必要な住環境は変わるのです。
福祉用具を考えるとき、
「この人には何が必要か」
だけでは足りません。
「今、この人には何が必要か」
と考える必要があります。
この「今」が変われば、答えも変わります。
福祉用具を置けば「家が人に合った」ことになるのか
もう一つ、よく見るのが玄関の手すりです。
床と天井の間に突っ張って設置するタイプの手すりは、住宅改修をしなくても設置できる場合があり、立ち上がりや段差昇降の支持物として役立ちます。
非常に便利な福祉用具です。
しかし、実際の住宅は、福祉用具のカタログに載っているような理想的な空間ばかりではありません。
玄関が狭い。
下駄箱がある。
ドアの開閉スペースがある。
上がり框の位置が合わない。
天井や床の構造上、設置したい位置に設置できない。
すると、本来は「本人が最も使いやすい場所」に置きたいはずの手すりが、「設置できる場所」に置かれることがあります。
結果として、玄関がさらに狭くなる。
人が通る場所に柱のような手すりが立つ。
本人はそれを使っている。
そして、
「これは便利だね」
「付けてもらってありがたい」
と言うこともあります。
もちろん、本当に役立っている場合もあります。
しかし私は、そこで一度考える必要があると思っています。
使っているから、適切なのでしょうか。
「使える」と「暮らしやすい」は同じではない
手すりにつかまって玄関の段差を越えられる。
それだけを見れば、その福祉用具は機能しています。
しかし、その手すりによって玄関が狭くなっている。
家族が通りにくくなっている。
荷物を持って通るときに邪魔になる。
将来、歩行器や車椅子を使うことになれば通れない。
こうした問題が起きているなら、評価は変わります。
福祉用具の効果を、
「目的の動作ができたか」
だけで判断すると、住環境全体への影響を見落とします。
立てるようになった。
でも歩きにくくなった。
玄関の段差を越えられるようになった。
でも玄関そのものが狭くなった。
車椅子を導入した。
でも家の中では使えない。
介護ベッドを置いた。
でも家族が介助するスペースがなくなった。
個々の福祉用具だけを見れば正しい。
しかし、暮らし全体で見ると正解ではないことがあります。
ここが、福祉用具と福祉住環境を一緒に考える必要がある理由です。
福祉用具は「人と家の間」にある
私は、福祉用具を考えるとき、
人と家の間にあるもの
と考えると分かりやすいと思っています。
本人の身体だけでは難しい。
しかし家をすべて作り直すことも難しい。
その間を埋めるのが福祉用具です。
立ち上がれない人に手すりを用意する。
歩くことが難しい人に歩行器を用意する。
ベッドから起きることが難しい人に電動ベッドを使う。
福祉用具によって、人の能力と住環境のずれを小さくすることができます。
しかし、その考え方には一つ注意が必要です。
福祉用具を入れることと、家が人に合ったことは同じではありません。
福祉用具で解決すべき問題なのか。
家具を移動すれば解決するのか。
生活する部屋を変えた方がいいのか。
住宅改修が必要なのか。
あるいは、住み替えまで考えるべきなのか。
選択肢はいくつもあります。
最初から「この人には手すり」と決めてしまえば、それ以外の選択肢が見えなくなることがあります。
だから必要なのは、
「何を置くか」から考えるのではなく、「この人はどう暮らしたいのか」から考えることです。
その答えとして福祉用具がある。
私は、その順番が大切だと思っています。
福祉用具は、自立を助けることも、自立を奪うこともある
福祉用具には、「できないことを補う」というイメージがあります。
しかし、使い方によっては逆のことも起こります。
例えば、少し時間をかければ歩ける人が、移動のすべてに車椅子を使うようになったらどうなるでしょうか。
もちろん、安全性や疲労、病状によって車椅子が必要な場合があります。
一方で、必要以上に使えば、本人が歩く機会そのものを減らす可能性もあります。
逆に、本人の身体能力以上に歩行を求め続ければ、転倒につながります。
つまり、
使わなければいいわけでもない。
使えばいいわけでもない。
大切なのは、その福祉用具によって、
何ができるようになったのか。
何をしなくなったのか。
生活範囲は広がったのか。
狭くなったのか。
本人の希望に近づいたのか。
家族の介助負担はどう変わったのか。
そこを見ることです。
福祉用具の評価は、道具そのものを見ていても分かりません。
その道具を置いた後の「暮らし」を見なければ分からないのです。
「付けてもらったから使う」という現実もある
もう一つ、現場では無視できないことがあります。
福祉用具を導入した本人が、その用具が本当に自分に合っているのか判断できるとは限りません。
特に高齢者の場合、
「専門家が付けてくれたから」
「介護保険で使えるから」
「せっかく持ってきてもらったから」
と、そのまま使い続けることがあります。
本人がありがたがっている。
本人が使っている。
それ自体は大切なことです。
しかし、それだけで評価を終えてはいけないと思います。
本人が福祉用具に身体を合わせていないか。
本当は使いにくいのに我慢していないか。
別の方法の方が楽ではないか。
生活動線を邪魔していないか。
家族に別の負担が生まれていないか。
「本人が文句を言わない」ということと、「本人に合っている」ということは同じではありません。
これは福祉用具だけの問題ではなく、支援する側が忘れてはいけない視点だと思います。
福祉用具を導入した「後」を見る
福祉用具を選ぶときは、多くの人が慎重になります。
本人の身体状態を見る。
家を見る。
専門職に相談する。
試してみる。
そして導入する。
しかし、本当に重要なのはその後です。
1か月後。
半年後。
1年後。
5年後。
身体は変わります。
生活も変わります。
家族の状況も変わります。
住まい方も変わります。
それなのに福祉用具だけが変わらなければ、いつか本人の暮らしとのずれが生まれる可能性があります。
ベッカー型筋ジストロフィーの方にとって、5年前の手すりは自立を支える道具でした。
今では、同じ手すりが動線を塞いでいます。
どちらも事実です。
だから福祉用具は、
「導入して終わり」
ではありません。
その人の変化に合わせて、
使い続ける。
位置を変える。
別の用具に替える。
撤去する。
そして場合によっては、家そのものを見直す。
そこまで含めて考える必要があります。
福祉住環境研究所版「その福祉用具、今も暮らしを助けていますか?」チェックリスト
福祉用具を導入した家庭では、定期的に次の項目を確認してみてください。
□ 導入した当初と、本人の身体状態が変わっている
□ 以前は毎日使っていた福祉用具を、最近使わなくなった
□ 福祉用具が物置や物掛けになっている
□ 福祉用具を避けて歩いている
□ 福祉用具によって通路や玄関が狭くなっている
□ 家族が介助するとき、福祉用具が邪魔になることがある
□ 本人が福祉用具に身体を合わせるような使い方をしている
□ 「付けてもらったから」という理由だけで使い続けている
□ 福祉用具を導入してから、逆にしなくなった動作がある
□ 福祉用具を使うことで、生活範囲が狭くなっている
□ 現在の生活に、本当にその福祉用具が必要なのか分からない
□ 家具配置や部屋の使い方を変えれば、福祉用具がなくても解決できそうな問題がある
□ 福祉用具を導入してから一度も見直しをしていない
一つ当てはまったからといって、その福祉用具が不要という意味ではありません。
大切なのは、
「なぜ、この福祉用具を使い始めたのか」
をもう一度思い出すことです。
その目的は今も同じでしょうか。
本人の身体は同じでしょうか。
生活は同じでしょうか。
もし変わっているなら、福祉用具も見直していいのです。
福祉用具を使うということ
福祉用具は、人の生活を大きく変えることがあります。
自分で立てなかった人が立てる。
歩けなかった場所へ行ける。
一人では難しかった生活を続けられる。
それは、福祉用具が持つ大きな力です。
しかし、福祉用具そのものが生活の目的ではありません。
目的は、その人が暮らすことです。
だから、
「手すりを付けた」
「車椅子を用意した」
「介護ベッドを入れた」
そこで終わらせない。
その結果、
本人の暮らしはどう変わったのか。
そして時間が経った今、
その福祉用具は、まだ本人の暮らしを助けているのか。
そこまで見続ける必要があります。
家を人に合わせる。
そのために福祉用具は大きな力になります。
しかし、福祉用具を置けば、家が人に合うわけではありません。
人を見る。
家を見る。
そして、その間に福祉用具を置く。
時間が経てば、もう一度見る。
福祉用具を選ぶこと以上に、その福祉用具がある暮らしを見続けること。
それが、「福祉用具を使う」ということなのではないでしょうか。
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今回の記事とあわせて、福祉住環境研究所の以下の記事も参考になります。
福祉用具は単体で存在するものではありません。身体機能、生活動作、住宅の状態を一緒に見ることで、その人に本当に必要な環境が見えてきます。
講演・研修のご相談について
福祉住環境研究所では、高齢者・障害者の住環境、福祉用具と生活動作、住宅改修、身体機能の変化と住まい、在宅生活などをテーマとした講演・研修のご相談を受け付けています。こちらからどうぞ。
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