身体機能より先に始まる「家とのズレ」
高齢になると、今の家で暮らし続けることが難しくなる場面があります。
階段がつらくなる。
雪かきが大変になる。
通院や買い物に家族の支援が必要になる。
それでも多くの人は住み替えを決断しません。
私は作業療法士として高齢者の生活を見てきましたが、住み替えが必要だと思われる状況でも、実際に住み替えを選択する人は決して多くありません。
なぜでしょうか。
日本の高齢者の8割以上は持ち家に住んでいる
内閣府の高齢社会白書によると、65歳以上の人の住居形態は「持家(一戸建て)」が79.8%、「持家(分譲マンション等)」が3.2%で、8割以上が持ち家に住んでいます。
つまり日本の高齢者の多くは、
「長年住み続けた家」
で老後を迎えているということです。
住まいは単なる建物ではありません。
子育てをした場所であり、家族の思い出が詰まった場所でもあります。
そのため、合理性だけでは判断できません。
実は「お金」が最大の理由ではない
住み替えできない理由として、
「お金がないから」
と考えられることがあります。
もちろん経済的な問題はあります。
しかし現場で相談を受けると、それだけでは説明できないことが少なくありません。
平屋へ移れば生活は楽になる。
駅や病院の近くへ移れば通院もしやすい。
それでも決断できない。
そこには別の理由があります。
人は得をするより損をしたくない
行動経済学には「損失回避」という考え方があります。
人は何かを得る喜びよりも、失う苦痛を大きく感じる傾向があります。
住み替えに置き換えると、
得られるもの
- 転倒リスクの減少
- 除雪負担の軽減
- 通院のしやすさ
- 家事負担の軽減
失うもの
- 思い出
- 近所付き合い
- 長年住んだ家
- 地域とのつながり
になります。
多くの人は未来の利益よりも、今失うものの大きさを感じています。
そのため住み替えは合理的であっても実行されにくいのです。
本当に始まっているのは「家とのズレ」
住み替えを考えるきっかけは転倒や骨折だと思われがちです。
しかし実際にはもっと前からサインが出ています。
例えば、
- 2階を使わなくなる
- 庭が荒れてくる
- 雪かきが負担になる
- 空き部屋が増える
- 車でしか生活できない
- 通院を家族に頼み始める
こうした変化です。
これは身体機能の低下というより、
家と生活のズレ
が始まっている状態です。
私はこれを「家とのズレ」と呼んでいます。
介護認定より何年も前から起きていることがあります。
空き家問題の背景にも同じ構造がある
2023年の住宅・土地統計調査では、日本の空き家は900万戸となり過去最多を更新しました。空き家率も13.8%で過去最高です。
私はこの数字を見るたびに、
「住み替えのタイミングを逃した家も少なくないのではないか」
と感じます。
実際には、
住み替えが進まず、
高齢者が亡くなった後に空き家になる。
そのまま管理できず放置される。
こうした流れも少なくありません。
つまり高齢者の住み替え問題は、個人の問題ではなく社会全体の問題でもあるのです。
私が住み替えを考える目安
私は次のような状況が重なると、住み替えや住宅の再検討を提案することがあります。
- 2階がほぼ使われていない
- 冬季の外出が大きく制限される
- 車がないと生活できない
- 独居である
- 敷地管理が負担になっている
- 大規模な住宅改修が必要
もちろん正解はありません。
しかし、
「まだ住めるか」
ではなく、
「5年後も暮らし続けられるか」
という視点は重要だと思います。
まとめ
高齢者が住み替えを決断できない理由は、身体機能の問題だけではありません。
思い出。
地域とのつながり。
家族の歴史。
そうしたものが住まいには含まれています。
だからこそ、転倒してから考えるのではなく、
2階を使わなくなったとき。
雪かきが大変になったとき。
家とのズレを感じ始めたとき。
その段階から住まいについて考えることが大切なのではないでしょうか。


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