家具店でソファに座ったとき、
「お、これはいい」
と思う瞬間があります。
身体がふわっと沈む。
背もたれに身体を預けられる。
深く座れて、力を抜ける。
ソファとしては、とても魅力的です。
ところが作業療法士として考えると、少し気になることがあります。
その「気持ちよさ」は、身体にとっても使いやすいのでしょうか。
調べてみると、ここには家具の「快適さ」と、人間の「動きやすさ」の、ちょっと面白いズレがありました。
ソファは、姿勢が崩れるから気持ちいい?
2025年、日本人間工学会大会で「ソファの接触快適性―なぜ心地よいのか?―」という研究が発表されています。
その研究では、ソファについて興味深い説明がされています。
ソファは座面が柔らかく、身体が深く沈み込みます。そのため姿勢が崩れ、身体負荷は大きくなる一方で、リラックス感を得られるというのです。
研究では、柔らかさや沈み込みを「接触快適性」という視点から評価しています。J-STAGE
ここが面白いところです。
私たちはつい、
身体への負担が少ない=快適
だと考えがちです。
ところがソファでは、必ずしもそうではありません。
身体をしっかり支えて、きれいな姿勢を保たせることだけが「快適」ではない。
少し崩れる。
沈み込む。
身体を預ける。
それ自体が、ソファの気持ちよさを作っている可能性があります。
だったら、柔らかくて沈み込むソファは良い家具なのでしょうか。
話はここで終わりません。
立とうとした瞬間、評価が逆転する
座っている間ではなく、
「そこから立つ」
という動作に変えてみます。
1996年に、平均84歳の高齢者29人と平均23歳の若年者21人を対象に、椅子の条件を変えて立ち上がりを調べた研究があります。
変えたのは、
座面の高さ、
座面の後方への傾き、
背もたれの角度、
座面の沈みやすさ、
肘掛けの位置。
かなり家具そのものを研究しています。
すると、座面を低くする、後ろへ傾ける、背もたれを倒す、座面を沈みやすくするといった条件で、立ち上がり時間が長くなり、身体の動きが大きくなり、本人も立ち上がりを難しいと感じる傾向がありました。
しかも難しい条件では、高齢者への影響がより大きく、一部には立ち上がれない人もいました。PubMed
ところが、この研究にはもう一つ重要な結果があります。
立ち上がりにくくなる条件と、座っていて不快になる条件は一致しなかったのです。
むしろ、傾斜やリクライニング、座面の沈み込みなど、立ち上がりを難しくする要素の一部は、座っているときの快適性を高めることもありました。PubMed
これはかなり悩ましい話です。
座っている人には優しい。
立とうとする人には厳しい。
同じ家具なのに、どの動作を見るかによって評価が変わってしまいます。
2026年には「クッションの反発力」まで調べられている
さらに最近の研究では、単純な「硬い・柔らかい」だけでは説明できないことも分かってきています。
2026年に慶應義塾大学の研究者が発表した研究では、硬さと反発性が異なる5種類のウレタンクッションを使って、立ち上がるときの身体の動きを測定しています。
モーションキャプチャーと床反力計を使って、股関節や膝関節にかかる力まで分析しています。
対象は若い健常者15人なので、この結果をそのまま高齢者や身体障害のある人に当てはめることはできません。
それでも結果は興味深いものでした。
柔らかい座面では、身体を前方へ動かす速度が大きくなり、その動きを制御するために股関節へより大きな負担がかかりました。
一方、高反発のクッションでは臀部への支持が長く残り、股関節と膝関節の最大伸展モーメントが小さくなりました。PubMed
要するに、
「硬いか柔らかいか」だけでは足りない。
沈んだあとに、クッションが身体へどう力を返すのか。
そんな家具の材料特性まで、立ち上がり動作に影響するわけです。
これは家具を見る目を少し変えます。
家具店では「座る」けれど、「立つ」まで試しているだろうか
ここで、普段の家具選びを考えてみます。
ソファに座ります。
背もたれにもたれます。
座面を触ります。
「柔らかいですね」
「包み込まれる感じですね」
「長時間座っても快適そうですね」
そんな話をします。
でも、本当にその家具を生活の中で使うなら、
座るだけではありません。
座る。
姿勢を変える。
テーブルに手を伸ばす。
立ち上がる。
また座る。
人は家具の上で動いています。
特に高齢になったり、股関節や膝関節に障害があったり、筋力が低下したりすると、「立ち上がる」という動作の重要性は大きくなります。
座面高については、高齢者52人と若年者50人を調べた研究でも、低い座面になるほど立ち上がり時の力発揮や動作の速さが低下し、高齢者でその影響が大きくなることが報告されています。PubMed
家具を見るなら、
座った瞬間の感想だけでは足りないのかもしれません。
「高齢者向け」なら解決するのか
では、高齢者向けに設計された椅子なら大丈夫でしょうか。
これも、それほど単純ではありません。
高齢者施設の椅子を調べた研究では、座面が深すぎて足が床につきにくかったり、姿勢が崩れたりするケースが報告されています。
一方、肘掛けは立ったり座ったりするときに重要でした。研究者は、座面高だけでなく座面奥行きや肘掛けの握りやすさまで改善する必要があると指摘しています。PubMed
肘掛けだけを研究した例もあります。
高齢女性15人を対象に筋電図や荷重計を使って調べた研究では、一般的な患者用椅子よりも高く、左右の間隔が広い肘掛けで身体的な努力が少なくなるという結果が出ています。PubMed
高さ。
奥行き。
硬さ。
反発性。
傾斜。
背もたれ。
肘掛け。
こうして並べてみると、「高齢者向け」というラベルだけで家具を評価することが難しい理由が見えてきます。
家具業界と身体機能は、見ている「良さ」が違う
家具を作る側が間違っているわけではありません。
ソファなら、
くつろげる。
包み込まれる。
見た目がいい。
部屋に置きたくなる。
長時間座っていたい。
そういう価値が必要です。
一方、リハビリテーションや福祉の側から家具を見ると、
立てるか。
足が床につくか。
姿勢を変えられるか。
身体を支えられるか。
介助なしで使えるか。
という別の価値が見えてきます。
どちらか一方だけが正しいわけではありません。
むしろ面白いのは、
一方を良くすると、もう一方が悪くなる場合があることです。
柔らかく沈み込むことでリラックスできる。
でも、それが立ち上がりを難しくすることがある。
高くすれば立ち上がりやすくなる。
でも、身長によっては足が床につかなくなる。
身体をしっかり支えれば安定する。
でも、自由に姿勢を崩してくつろぐことは難しくなるかもしれない。
家具選びは、思っていたよりずっと人間工学的な問題です。
では、「良いソファ」とは何だろう
ここまで調べても、
「硬いソファを買えばいい」
という結論にはなりませんでした。
むしろ逆です。
誰が、そこで何をするのかによって、良いソファは変わります。
映画を見るために長時間座るソファ。
短時間休むためのソファ。
頻繁に立ったり座ったりする椅子。
膝に痛みがある人が使う椅子。
片麻痺の人が使う椅子。
同じ基準で選べるはずがありません。
1993年にはすでに、研究者が家具店、診療所、病院の待合室、老人ホームなどに置かれている椅子の高さを実際に調査し、高齢者が立ち上がるために必要な高さとのズレを研究しています。
その研究目的には、医療関係者だけでなく家具業界にこの問題を認識してもらうことまで含まれていました。PubMed
30年以上前から、家具と身体の間には同じ問題があったわけです。
それでも私たちは今も家具店で、
「座り心地はどうですか?」
と聞かれます。
だったら今度ソファに座ったときには、もう一つ試してみてもいいと思います。
そのソファから、一度立ってみてください。
座った瞬間には分からなかった、その家具のもう一つの顔が見えるかもしれません。


コメント