高齢になって足腰が弱くなってきた。
病気やけがで歩きにくくなった。
そんなとき、住環境について考えると必ず出てくるのが「段差」です。
段差をなくす。
手すりをつける。
スロープを設置する。
どれも大切な対策です。
このサイトでも以前、**「段差は何cmから危険なのか」**について取り上げました。
しかし、作業療法士として生活を見ると、もう一つ考えておきたいことがあります。
家の段差をなくせば、それで生活上の問題は解決するのでしょうか。
家の外へ出れば、段差はなくなりません。
歩道にもあります。
店にもあります。
駅にもあります。
そして、階段もあります。
住環境を整えて安全に暮らせるようにすることは大切です。
同時に私は、外で暮らすために必要な身体能力を、できる範囲で残しておくことも大切だと考えています。
母はエスコンの階段を二足一段で上がっています
私の母は股関節が人工関節で、膝にもかなり荷重をかけにくい状態です。
当然、階段をスタスタ上がれるわけではありません。
それでもエスコンフィールドへ行ったときには、手すりなどを使いながら、一つの段に両足をそろえる「二足一段」で、何とか階段を上がっています。ちなみにエスコンの1段は約16cmです。一般住宅は18~20cmと言われているので、かなり優しい設計になっています。
私はこれを一つの基準にしています。
エスコンへ行くこと自体がリハビリなのではありません。
「行きたい場所へ行くために必要な能力」が、かなり具体的に見えるからです。
一足一段で階段を上がれる必要はありません。
速く上がる必要もありません。
二足一段でもいい。
手すりを使ってもいい。
時間がかかってもいい。
それでも階段を上がれる能力が残っていれば、行ける場所があります。
だから我が家では、その能力を一つの目安として、私がリハビリをしています。
目標を「筋力アップ」にしない
ここは大事なところです。
高齢者のリハビリというと、
「脚の筋力をつけましょう」
「スクワットをしましょう」
「歩く練習をしましょう」
という話になりがちです。
もちろん必要な場合はあります。
しかし、何のために筋力をつけるのでしょうか。
私の母の場合なら、
エスコンの階段を二足一段で上がれる。
これは非常に分かりやすい生活上の基準になります。
仮に筋力測定の数字が改善しても、行きたい場所へ行けなくなったのであれば、本人にとって十分な成果とは言えないでしょう。
逆に筋力の数値が大きく変わらなくても、
手すりを使えば階段を上がれる。
玄関を出られる。
車へ乗れる。
買い物へ行ける。
好きな場所へ出掛けられる。
そうした生活が維持できているなら、大きな意味があります。
身体機能は、生活するために使うものです。
だからといって、家の段差を残せばいいわけではない
ここを間違えると危険です。
「段差もリハビリになるのだから、家の段差を残しましょう」
という話ではありません。
家は毎日使います。
夜中にトイレへ行くこともあります。
寝起きで身体が動きにくいこともあります。
体調が悪い日もあります。
荷物を持っていることもあります。
外出先の階段なら、本人が集中して手すりを使い、時間をかけて上がることができます。
しかし、自宅のわずかな段差を通るたびに、毎回「訓練」として集中して歩くわけにはいきません。
以前の記事でも書きましたが、段差の危険性は高さだけでは決まりません。
どこにあるのか。
何回通るのか。
どんな状態で通るのか。
ここまで考える必要があります。
だから、転倒する可能性の高い段差ならなくす。
必要なら手すりをつける。
スロープを使う。
福祉用具を使う。
環境を整えることは、ためらわなくていいと思います。
「環境を変えるか、身体を鍛えるか」の二択ではない
住環境を考えるとき、私はこの二択にしたくありません。
例えば15cmの段差が上がれなくなった人がいるとします。
そこで、
「筋力が弱いから訓練しましょう」
だけで終わるのは乱暴です。
反対に、
「危ないから段差を全部なくしましょう」
だけでも、その人の持っている能力を十分に見ていない可能性があります。
仮にその人が、手すりを使えば10cm程度の段差なら安全に上がれるとします。
だったら環境側を調整して、本人が安全に使える高さに近づける方法もあります。
同時に、必要な身体能力を維持するためのリハビリを行う。
人を環境に合わせるだけでもない。
環境を人に合わせるだけでもない。
両方を動かします。
これは住宅改修を考えるときにも、とても重要な視点です。
家の中だけで生活は完結しない
完全に段差のない住宅を作ることはできます。
それによって転倒リスクが減り、生活しやすくなる人もいます。
それ自体はとても良いことです。
しかし、生活は玄関の内側だけでは終わりません。
スーパーへ行く。
病院へ行く。
友人に会う。
旅行へ行く。
飲食店へ行く。
野球を見に行く。
そこで待っている環境は、自宅のように本人に合わせて作られているとは限りません。
数cmの段差。
縁石。
坂道。
階段。
雪道。
長い廊下。
狭いトイレ。
さまざまな環境があります。
だから自宅を安全にすることと並行して、
外の環境に対応できる身体能力を、可能な範囲で維持する。
この考え方も必要になります。
段差を「何cmなら安全か」から一歩進めて考える
「高齢者にとって段差は何cmから危険なのか」
これは重要な疑問です。
実際、このサイトにもそうした検索から来る人が増えています。
ただ、住環境を実際に考えるなら、その先があります。
例えば、
5cmなら安全に越えられる。
10cmなら手すりがあれば越えられる。
15cmでは難しい。
階段なら二足一段で上がれる。
下りは上りより怖い。
荷物を持つと5cmでも危ない。
こうした違いを見ていく。
すると、
「危険な段差は何cmか」ではなく、「この人は、どんな条件なら何cmを安全に越えられるのか」
という問いに変わります。
こちらのほうが実際の生活には役立ちます。
「できる」と「安全にできる」も違う
もう一つ忘れてはいけないことがあります。
一度だけ頑張って段差を上がれたからといって、その高さを「できる」と判断するのは危険です。
疲れていてもできるのか。
繰り返してもできるのか。
下りもできるのか。
手すりが必要なのか。
足をどこへ置いているのか。
身体を大きく前へ倒していないか。
膝や股関節に強い痛みが出ていないか。
転びそうになって、たまたま成功しているだけではないか。
リハビリでも住環境でも、ここを見る必要があります。
「何とかできた」と「生活の中で安全に使える」は同じではありません。
だから、「エスコンを二足一段で上がれる」という話も、無理をさせればいいという意味ではありません。
その能力を一つの目安にしながら、身体の状態に合わせて維持していくという話です。
住環境を考えるときのチェックリスト
段差を見つけたら、いきなり「なくす・残す」を決めるのではなく、私は少なくとも次のようなことを確認したいと思います。
- 本人はその段差を現在どのように越えているか
- 上りと下りのどちらが難しいか
- 一足一段か、二足一段か
- 手すりや杖があれば安全に越えられるか
- 何cm程度までなら安定して越えられるか
- 疲労した状態でも同じようにできるか
- 痛みが強くなっていないか
- 荷物を持った状態でも通る場所か
- 毎日何度も通る場所か
- 夜間にも通る場所か
- その段差をなくすことで生活が安全になるか
- 逆に、本人が維持したい生活能力は何か
- 家の外で実際に必要になる動作は何か
- 環境調整とリハビリを組み合わせられないか
ここまで見ると、単純な「段差対策」ではなくなります。
リハビリの目標は、家の中だけで決めなくてもいい
私は母のリハビリを考えるとき、身体だけを見ているわけではありません。
これからもどこへ行きたいのか。
そこから逆算します。
エスコンへ行きたい(ちなみに移動は車いすなので、歩くことはほぼないですけどね)。
だったら、そこへ行くために何が必要なのか。
歩く距離。
階段。
立ち上がり。
移動時間。
疲労。
そして、その能力をできるだけ維持するために家で何をするか。
この順番です。
高齢になったからといって、生活の目標を「家の中で転ばないこと」だけにする必要はありません。
安全はもちろん大切です。
しかし、安全にするために行ける場所がどんどん減ってしまったら、それもまた考えなければならない問題です。
家を安全にする。そして、外で暮らす力も残す
段差をなくしたほうがいい場所はあります。
手すりをつけたほうがいい場所もあります。
スロープが必要になる人もいます。
一方で、リハビリによって維持したい能力もあります。
どちらか一方ではありません。
身体能力と住環境の間に、その人の暮らしがあります。
だから私は、
「段差は何cmから危険ですか?」
と聞かれたら、数字だけでは終わらせたくありません。
その人はどこへ行きたいのか。
そこでどんな段差や階段に出会うのか。
今なら何ができるのか。
どこを環境で補えばいいのか。
どの能力を維持しておきたいのか。
そこまで考えて、初めて住環境になると思っています。
目標は、段差をゼロにすることではありません。
その人が、行きたい場所へ行き続けられることです。
関連記事
段差の高さと危険性については、こちらの記事で詳しく取り上げています。
普段は越えられる段差でも、荷物を持つことで条件が変わる理由はこちらです。
身体機能と環境を一緒に考えるという、このサイトの基本的な考え方はこちらでも書いています。
講座・研修のご相談
福祉住環境研究所では、作業療法士としての現場経験をもとに、身体機能だけ、住宅だけに分けるのではなく、「その人がどんな生活を続けたいのか」から住環境を考えています。
高齢者・障害のある方の住環境、生活動作、転倒予防、福祉用具などをテーマとした講座・研修についてもご相談ください。


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