「最近、ソファから立つのが大変になった」
「低い椅子だと、何かにつかまらないと立てない」
「トイレでは立てるのに、居間の椅子からは立てない」
こんなことが増えてくると、多くの人はまず「足の筋力が落ちたのかな」と考えると思います。
もちろん、筋力は立ち上がりに大きく関係します。
しかし作業療法士として生活を見ると、もう一つ確認してほしいものがあります。
その椅子の高さは何cmでしょうか。
立ち上がれなくなった原因が、本人の身体だけにあるとは限りません。
椅子が5cm違うだけで、同じ人でも立ち上がりやすさは変わります。
だから私は、「立てる・立てない」だけではなく、
何cmの高さなら立てるのか。
ここまで見てみたいと思っています。
椅子が低くなると、立ち上がり方そのものが変わる
椅子から立ち上がる動作は、見た目以上に複雑です。
座った状態から身体を前へ動かし、お尻を座面から離し、そのあと身体を上へ持ち上げなければなりません。
椅子の高さを変えて立ち上がり動作を調べた研究では、椅子が低くなると、体幹をより前へ傾け、膝などの動きも大きくなることが報告されています。
また、高齢者と若年者を比較した研究でも、座面が低くなるほど立ち上がり動作の負担が大きくなり、高齢者では低い座面で動作の仕方そのものが変化してくることが示されています。
だから、
昨日まで立てた人が、今日突然「立てない人」になったわけではない。
ダイニングチェアからは立てる。
ソファからは立てない。
ベッドからなら立てる。
低い玄関の椅子では立てない。
そんなことは十分に起こります。
「立ち上がれない人」ではなく「何cmからなら立てる人か」
ここで一度、自宅の椅子を測ってみてください。
必要なのは難しい測定器ではありません。
メジャーが一本あれば十分です。
床から座面の上までの高さを測ります。
例えば、
| 場所 | 座面の高さ | 立ち上がり |
|---|---|---|
| ダイニングチェア | 45cm | ○ |
| ベッド | 43cm | ○ |
| トイレ | 40cm | △ |
| ソファ | 35cm | × |
こんな結果になったとします。
ここで見えてくるのは、
「足腰が弱くなった」
だけではありません。
40cm前後から立ち上がりが難しくなっている可能性がある。
という、もっと具体的な情報です。
これなら環境をどう変えるかも、リハビリで何を目標にするかも考えやすくなります。
実際に30cmと40cmでは違いが出る
脳血管障害のある65歳以上70人を対象にした研究では、座面高40cmと30cmからの立ち上がりを調べています。
興味深いことに、30cmという低い座面から立ち上がれるかどうかには、麻痺側の膝伸展筋力が有意に関連していました。
別の研究でも、20cm・40cm・60cmという異なる座面高から立ち上がる動作を比較すると、高齢者では特に20cmという低い条件で立ち上がりに時間がかかることなどが確認されています。
もちろん、
「40cmなら安全」
「39cmになったら危険」
という境界線があるわけではありません。
身長も違います。
脚の長さも違います。
筋力も違います。
関節の動きも違います。
疾患も違います。
だからこそ、一般的な『高齢者に適した椅子の高さ』を探すより、その人自身が何cmから立てるのかを調べた方が生活には使いやすいのです。
まず家の中で「一番立ちにくい場所」を探す
ここからが住環境です。
家の中を見渡してみてください。
毎日座ったり立ったりする場所はいくつあるでしょう。
ダイニングチェア。
ソファ。
ベッド。
トイレ。
玄関の椅子。
浴室の椅子。
全部、高さが違います。
そして意外と、
一か所だけ極端に低い
という家があります。
もし45cmの椅子から問題なく立てる人が、35cmのソファだけ苦労しているのであれば、「立ち上がれなくなった」と一括りにするのは少し早い。
まず考えたいのは、
その10cmを身体側だけで解決する必要があるのか
ということです。
立ち上がれないなら、座面を上げればいい?
ここで今度は反対側から考えてみます。
「低い椅子が大変なら、高くすればいい」
確かに一つの方法です。
実際、座面を高くすると股関節や膝に求められる負担が小さくなることが研究でも示されています。
しかし、何でも高くすればいいわけでもありません。
座ったときに足が床につかないほど高くしてしまえば、今度は座位が不安定になります。
座面だけ高くして座り心地が悪くなることもあります。
柔らかいクッションを重ねれば、沈み込んでかえって立ちにくくなる場合もあります。
椅子そのものが不安定なら転倒につながります。
だから、高さだけを数字で決めることもできません。
足の位置でも立ちやすさは変わる
もう一つ、自宅で見てほしいところがあります。
立つ直前の足です。
足を前へ投げ出した状態から立とうとしていないでしょうか。
立ち上がり動作を床反力から調べた研究でも、足部位置を変えることで前後方向の力のかかり方が大きく変化しています。
だから椅子を見るときは、
足を身体の方へ引けるか
も重要です。
ソファの形状や座り方によっては、お尻が深く沈み込み、足を引きにくくなります。
そこから「よいしょ」と前方のテーブルにつかまって立つ。
こうなっているなら、単純な筋力だけの問題ではありません。
家具と身体の関係を見直す余地があります。
肘掛けがあるだけでも条件は変わる
立ち上がるとき、手をどこへ置いているでしょうか。
太ももを押す。
テーブルを引っ張る。
家具につかまる。
介助者につかまる。
これも重要な情報です。
特にテーブルを引っ張って立ち上がっている場合、テーブルが動けば危険です。
だったら、「つかまらないで立てるようになるまで筋力をつける」だけが解決策ではありません。
肘掛けのある椅子に変える。
立ち上がるときに押せる場所を作る。
必要なら手すりなどを検討する。
腕の力を使える環境を作ることで、脚だけに頼らず立てるようになる人もいます。
これも環境によって身体機能を補う考え方です。
それでも、リハビリは必要です
ここは前回の段差の記事と同じです。
環境を変えれば立てる。
だったら、すべて環境で解決すればいい。
私はそうは考えていません。
例えば現在、
45cmなら楽に立てる。
40cmなら何とか立てる。
35cmでは立てない。
という人がいたとします。
日常生活では、まず安全に立てる環境を作る。
一方でリハビリでは、40cmから安定して立てる能力を維持するという目標を持つことができます。
身体の状態によっては、さらに低い高さを目指すこともあるでしょう。
反対に病気や関節の状態によっては、無理に低いところから立つ練習をするべきではない場合もあります。
重要なのは、
「筋力をつけること」そのものを目標にしないことです。
何cmから立てるようになりたいのか。
なぜ、その高さから立つ必要があるのか。
そこには本人の生活があります。
家を安全にすることと、立つ力を残すこと
以前、段差についての記事でも同じことを書きました。
住環境を整えることと、身体能力を維持することは対立するものではありません。
椅子も同じです。
立てないほど低いソファなら環境を変える。
必要なら肘掛けを使う。
足を引きやすい家具を選ぶ。
その一方で、安全に立てる能力そのものもできる範囲で維持する。
身体と環境の両方を、その人の生活に合わせて動かします。
私はここが住環境を考える面白さだと思っています。
今日、家で測ってみてください
家族が「最近立つのが大変そうだな」と感じているなら、一度メジャーを持って家の中を回ってみてください。
そして、
何cmなら立てるのか。
を調べてみてください。
同時に、
- 手を使わず立てる高さ
- 肘掛けがあれば立てる高さ
- 何かにつかまらないと立てない高さ
- どうしても立てない高さ
- 足を引けているか
- 何度か繰り返しても立てるか
- 痛みが出ないか
も見てみます。
これだけでも「足腰が弱くなった」という漠然とした状態から、かなり具体的な生活上の問題へ変わります。
ただし、転倒の危険がある人に低い椅子から無理に立たせて、限界の高さを測る必要はありません。痛みが強い場合や、最近急に立てなくなった場合などは、医療・リハビリ専門職への相談を優先してください。
「立てる家」を作る
住宅のバリアフリーというと、段差や手すりが目立ちます。
でも、毎日の生活を考えると、
椅子から立つ。
ベッドから立つ。
トイレから立つ。
これも住環境です。
そして人によって、
「立てる高さ」が違います。
だから、
高齢者には高さ○cmの椅子が正解
ではなく、
この人は何cmなら安全に立てるのか。
そこから住環境を考える。
必要なら環境を変える。
必要なら道具で補う。
そして、残しておきたい能力にはリハビリで働きかける。
目標は、筋力の数字を上げることでも、家中の家具を高くすることでもありません。
自分の家で、自分の力で立ち上がり、生活を続けられることです。
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講座・研修のご相談
福祉住環境研究所では、作業療法士としての現場経験をもとに、身体機能だけ、住宅だけに分けるのではなく、生活動作と住環境を一緒に考えることを大切にしています。
高齢者・障害のある方の住環境、生活動作、転倒予防、福祉用具などをテーマとした講座・研修についてもご相談ください。


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