玄関のバリアフリーについて相談を受けると、かなりの確率で出てくるのが「段差」の話です。
「この上がり框は高すぎませんか」
「段差を低くした方がいいですよね」
「スロープにした方が安全でしょうか」
もちろん、段差は重要です。
けれど作業療法士として実際の生活場面を見ていると、玄関について段差の高さだけを測っても、あまり意味がないことがあります。
なぜなら玄関は、単に「段差を一つ越える場所」ではないからです。
歩く、止まる、靴を脱ぐ、片脚になる、身体の向きを変える、段差を上がる、また歩き出す。
これだけの動作を、狭い場所で連続して行います。
だから私は、玄関を見るとき「段差は何cmか」だけではなく、その人が玄関で何をしなければならないのかを見るようにしています。
玄関で一番難しいのは「段差」なのか
例えば20cmほどの上がり框があったとします。
健康な人なら、
靴を脱ぐ
↓
框を上がる
↓
家に入る
それだけでしょう。
ところが、足腰が弱くなった人や片麻痺のある人では違います。
まず玄関に入って止まる。
靴を脱ぐ。
その瞬間、片脚で身体を支える時間ができます。
次に身体の向きを変える。
框に足を乗せる。
体重を移す。
もう一方の脚を上げる。
そして、もう一度歩き出す。
玄関では短い時間に、姿勢と重心位置が何度も変わります。
実際には「20cm上がれるかどうか」だけの問題ではありません。
「靴を脱ぐ」という動作は意外に難しい
日本の玄関を考えるとき、見落とされやすいのが靴です。
玄関では段差を上がるだけでなく、その前後で靴を脱いだり履いたりします。
これが意外に難しい。
例えば片麻痺の人。
立ったまま靴を脱ごうとすると、どうしても一時的に片脚へ体重を乗せる必要があります。
バランスが不安定なら、
壁に手をつく。
下駄箱につかまる。
上がり框に腰掛ける。
近くにあるものをつかむ。
本人は何とかやっています。
でも、「できている」と「安全にできている」は同じではありません。
ここを見ないまま、
「段差を低くしました」
「手すりを付けました」
だけで終わってしまう住宅改修もあります。
手すりがあっても、使いたい場所になければ意味がない
玄関には手すりを設置することがあります。
ただ、これも「手すりがあるから安心」とは限りません。
重要なのは、
どの動作の、どの瞬間につかまりたいのか。
靴を脱ぐときなのか。
身体を回すときなのか。
框を上がるときなのか。
靴を履いて立ち上がるときなのか。
同じ玄関でも必要な位置は変わります。
さらに、手すりを設置したことで玄関が狭くなれば、別の問題が生まれることもあります。
住宅改修では、
「何を付けるか」より、「その人がどう動いているか」
を見る必要があります。
椅子を一つ置くだけで変わる玄関もある
大掛かりな住宅改修をしなくても、玄関が使いやすくなることがあります。
代表的なのが椅子です。
立ったまま靴を脱ぐのが難しいなら、座ればいい。
靴を履いてから立ち上がるのが難しいなら、立ち上がりやすい高さを考える。
ただし、ここでも「玄関椅子を置けばいい」ではありません。
低すぎれば立てない。
高すぎれば靴に手が届かない。
大きすぎれば通路を塞ぐ。
置く場所によっては、かえって方向転換しにくくなる。
数千円の椅子一つでも、その人の身体と玄関に合わせなければ邪魔になります。
これが住環境の難しいところです。
北海道の玄関は、さらに条件が増える
そして北海道では、玄関を全国一律の感覚では考えにくいところがあります。
住宅の基礎が高い。
玄関フードがある。
冬には厚い靴を履く。
雪が靴についてくる。
床が濡れる。
玄関前が凍結する。
外と室内の間に、いくつもの環境変化があります。
特に冬。
夏には問題なく玄関を出入りしていた人が、冬になると急に難しくなることがあります。
冬靴は重く、脱ぎ履きもしにくい。
厚着をすれば身体も動かしにくい。
玄関に雪が持ち込まれれば床も滑りやすくなる。
そして玄関を出れば、今度は雪と氷です。
つまり北海道では、
「家の中の玄関」だけを見ても足りません。
玄関から道路へ出るまでを一続きの生活動線として考える必要があります。
スロープにすれば解決するわけでもない
段差の話になると、
「だったらスロープにすればいい」
という話も出ます。
しかしスロープにはスロープの問題があります。
勾配。
長さ。
設置スペース。
雨。
雪。
凍結。
車いすなら自走なのか介助なのかによっても違います。
段差をなくした結果、長い傾斜路ができてしまえば、歩く人にとってはむしろ負担になることもあります。
バリアフリーとは、段差をゼロにすることではありません。
その人が安全に、無理なく生活できる環境をつくることです。
本当に見たいのは「玄関を通過できるか」ではない
住宅を見ると、
「ここは通れます」
という話をよく聞きます。
でも私は、それだけでは不十分だと思っています。
玄関を通過できる。
それは最低条件です。
本当に見るべきなのは、
毎日そこで暮らせるか。
買い物袋を持って帰ってきたとき。
雨の日。
疲れているとき。
冬靴を履いているとき。
体調が悪いとき。
誰もそばにいないとき。
それでも玄関を使えるか。
住宅はショールームではありません。
人は毎日、同じコンディションで生活しているわけではありません。
玄関を見るときのチェックポイント
玄関を見直すなら、段差の高さだけでなく、少なくとも次の点を確認してみてください。
- 靴を脱ぐときに身体がふらついていないか
- 靴を履く場所が確保されているか
- 立ち上がるときにつかまる場所があるか
- 身体を方向転換できるスペースがあるか
- 手すりが実際に使いたい位置にあるか
- 椅子や荷物が動線を塞いでいないか
- 床が濡れたり滑ったりしていないか
- 外から玄関まで安全に移動できるか
- 冬になっても同じ方法で出入りできるか
一つでも気になるところがあれば、「段差」ではなく玄関で行っている一連の動作を見直してみると、問題が見つかることがあります。
段差の数字だけでは、人の暮らしは分からない
住宅改修では数字が必要です。
段差が何cmなのか。
廊下幅が何cmなのか。
スロープの勾配はいくつなのか。
もちろん測ります。
でも、数字だけでは分からないことがあります。
同じ20cmの段差でも、
難なく上がれる人もいれば、
壁につかまりながら上がる人もいる。
靴を履いた状態なら上がれるけれど、靴を脱ぐ瞬間にふらつく人もいる。
だから私は、
「この段差は何cmですか」だけでなく、「この人はここで何をしていますか」と考えることが大切だと思っています。
玄関は、その家と社会をつなぐ場所です。
玄関が使いにくくなるということは、単に家の中の移動が難しくなるだけではありません。
買い物に行く。
病院へ行く。
友人に会う。
散歩へ行く。
そうした外へ出る生活そのものに影響します。
だからこそ、玄関は「段差一つ」の問題として考えない方がいい。
段差を見る。その人の身体を見る。そして、その人がそこで何をしているのかを見る。
そこまで見て初めて、「暮らせる玄関」が見えてきます。
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