高齢者や障害者、低所得者などが、賃貸住宅を借りにくい。
これは以前から指摘されてきた社会問題です。
年齢が高い。障害がある。収入が少ない。保証人を用意できない。緊急連絡先がない。
そうした事情によって、希望する賃貸住宅への入居が難しくなる人がいます。
この問題を受け、2025年10月1日には改正住宅セーフティネット法が施行されました。
高齢者、障害者、低額所得者など、住まいの確保に配慮を必要とする人たちが、より円滑に賃貸住宅へ入居できる環境を整えることが目的です。
これは重要な取り組みです。
しかし、私は作業療法士、宅建士、FP、そして就労継続支援B型事業所の運営者として、この問題を考えるとき、一つの疑問を持ちます。
家を借りられれば、それで本当に問題は解決するのでしょうか。
住まいを確保することと、そこで生活を続けられることは同じではありません。
そして現実には、「理解のない大家」と「困っている高齢者や障害者」という単純な構図だけでは説明できない問題があります。
大家が高齢者や障害者の入居に不安を感じるのには理由がある
高齢者や障害者が賃貸住宅を借りにくいと聞くと、「偏見」や「理解不足」という言葉が浮かぶかもしれません。
もちろん、障害や年齢だけを理由に一律に拒否することには問題があります。
しかし、貸す側にも現実があります。
家賃の滞納はないか。
一人暮らしの高齢者が室内で亡くなった場合、どうするのか。
残された家財は誰が処分するのか。
近隣住民とのトラブルが起きたとき、誰が対応するのか。
本人と連絡が取れなくなった場合、誰に連絡すればよいのか。
こうした不安は、単なる偏見とは言い切れません。
実際、国も住宅セーフティネット法改正の背景として、大家側に孤独死、死亡時の残置物処理、家賃滞納などへの懸念があることを挙げています。
さらに現場にいると、もっと言いにくい現実にも出会います。
大家に理解があれば、すべてうまくいくわけではありません。
本人の行動が、周囲には理解しにくいこともあります。
約束を守れない。
突然、予定を変える。
金銭管理が難しい。
近隣住民との関係を悪化させる。
自分の生活能力を実際より高く見積もる。
本人に悪気がなくても、大家や管理会社が対応に追われることもあります。
これは障害者だけの話ではありません。認知機能が低下した高齢者にも起こり得ます。
だから私は、この問題を、
「もっと大家が理解すべきだ」
という一言だけで終わらせるべきではないと思っています。
21歳の男性が「初めて家を出たい」と言った
私が運営する就労継続支援B型事業所に、21歳の統合失調症の男性がいました。
彼は実家で暮らしていました。
主な収入は障害年金でしたが、そのお金は親が管理していました。
彼は、それが納得できませんでした。
自分のお金なのに、自分で自由に使えない。
だから、家を出たい。
21歳の青年が親元を離れたいと思うこと自体は、何も不自然ではありません。
自分のことは自分で決めたい。
自分のお金は自分で管理したい。
一人で暮らしてみたい。
その気持ちは理解できます。
しかし、彼には一人暮らしの経験がありませんでした。
毎月の食費がいくら必要なのか。
電気代はいくらか。
ガス代、水道代、通信費はいくらか。
冬の暖房費はどれくらいになるのか。
家具や家電はどうするのか。
通院はどうするのか。
日用品にはいくらかかるのか。
そもそも、自分の収入なら家賃をいくらまで払えるのか。
具体的な生活設計ができていませんでした。
家賃相場も分からない。
しかし、理想はある。
そして彼は、自分で不動産会社に話を持ちかけました。
結果として、話は進みませんでした。
不動産会社は、彼の家庭事情や生活状況を細かく把握していたわけではありません。
それでも、やり取りの中で何かを感じ取ったのでしょう。
契約に進む前の段階でストップしました。
この出来事だけを切り取れば、
「障害者が賃貸住宅への入居を断られた」
という話になります。
しかし、この話には続きがあります。
不動産会社が断った後、彼の生活は安定しなかった
その後、彼はいったん実家に落ち着きました。
しかし、再び家を離れるようになります。
友人の家を転々とするようになり、やがて札幌や旭川まで行きました。
そのたびに家族が連れ戻しました。
それでも落ち着きません。
今度は、自分の判断でグループホームを契約しようとしました。
そして最終的には、家族関係そのものが破綻するところまで進んでしまいました。
もちろん、この一例だけで、統合失調症のある人や障害者全体を語ることはできません。
それは絶対に避けるべきです。
しかし同時に、このケースを、
「本人の自己決定をもっと尊重すればよかった」
「大家や不動産会社に理解があればよかった」
だけで説明することにも、私は違和感があります。
最初に不動産会社が契約を進めなかった判断は、本当に間違っていたのでしょうか。
本人には家を出たいという意思がありました。
しかし、その後の生活を具体的に設計することはできていませんでした。
そして実際に、その後も住む場所を転々とし、遠方まで行き、家族が対応し続け、ついには家族関係まで壊れてしまった。
ここには、「本人の希望を尊重する」という言葉だけでは解決できない現実があります。
本人が本当に解決したかったのは「住まい」の問題だったのか
このケースを振り返ると、もう一つ重要な疑問が浮かびます。
彼が最初に家を出たいと思った理由は、
親に障害年金を管理されていることへの不満でした。
つまり、最初の問題は「家がないこと」ではありません。
自分のお金を自分で管理できないことへの不満です。
その解決策として、
「家を出る」
という方法を選ぼうとした。
しかし、親元を離れれば、それまで家族が担っていたものが一気に本人の前に現れます。
家賃を払う。
食事を用意する。
光熱費を払う。
部屋を管理する。
通院する。
薬を管理する。
買い物をする。
困ったときに助けを求める。
一人暮らしとは、鍵を一本渡されて自由になることではありません。
生活そのものを維持することです。
ここを考えずに、「本人が望んでいるのだから一人暮らしを応援しよう」と進めることが、本当に本人のためになるとは限りません。
かといって、「あなたには無理だから実家にいなさい」と押さえつければいいわけでもありません。
この間をどう支えるのか。
そこにこそ、居住支援の難しさがあります。
生活保護なら家賃を払える――それでも物件を選べるわけではない
障害のある人の住まいを考えるとき、生活保護が関わるケースもあります。
生活保護には住宅扶助があり、一定の範囲内で家賃が扶助されます。
しかし、
「住宅扶助があるから家賃は払える。だから住まいの問題は解決する」
とはなりません。
住宅扶助には地域や世帯人数などに応じた上限があります。
当然、その範囲内で探せる物件には限りがあります。
さらに、物件が見つかっても審査があります。
大家や管理会社が受け入れるか。
保証会社の審査を通過できるか。
緊急連絡先を確保できるか。
さまざまな条件が重なります。
そして、ようやく条件に合う物件が見つかったとしても、その場所で本当に生活できるとは限りません。
車を持てない人にとって「どこに住むか」は生活そのものを左右する
障害年金や生活保護など、限られた収入で生活している人の中には、車を所有することが難しい人もいます。
身体的、精神的な理由から運転できない人もいます。
そうなると、住むエリアの選択は非常に重要になります。
スーパーまで歩けるか。
病院へ通えるか。
福祉事業所へ通えるか。
バス停は近いか。
コンビニやドラッグストアはあるか。
冬でも移動できるか。
北海道では、夏に歩ける距離と冬に歩ける距離は同じではありません。
雪が積もる。
路面が凍る。
歩道が狭くなる。
吹雪く日もある。
家賃が月に数千円安くても、生活に必要な場所へ行けなければ、その住宅は本人にとって本当に「安い家」なのでしょうか。
タクシーを頻繁に使えば交通費がかかります。
買い物に行けなければ、食生活にも影響します。
通院が難しくなれば、健康状態や病状にも影響するかもしれません。
家賃だけを見て住まいを選ぶことはできないのです。
これは高齢者にも共通します。
免許を返納した高齢者が、家賃の安さだけで郊外へ移れば、病院にもスーパーにも行けなくなるかもしれません。
住まいとは、建物だけではありません。
その家から、どこへ行けるのか。
誰とつながれるのか。
困ったときに誰が来られるのか。
そこまで含めて考えなければ、生活は成立しません。
2025年10月、住宅セーフティネット法が改正された
こうした問題を背景に、2025年10月1日、改正住宅セーフティネット法が施行されました。
高齢者、障害者、低額所得者など、住宅の確保に配慮を必要とする人の賃貸住宅への居住ニーズが高まる一方、大家側には孤独死、残置物、家賃滞納などへの不安があります。
そこで今回の改正では、住宅と福祉の連携がさらに重視されました。
新たに始まった「居住サポート住宅」では、安否確認や見守り、必要に応じた福祉サービスへのつなぎなどを行います。
これは非常に重要な変化です。
なぜなら、国の制度そのものが、
「部屋を用意して入居させれば終わりではない」
という方向へ進んでいるからです。
住む場所の確保だけでは足りない。
そこで暮らし続けるための支援も必要になる。
この考え方自体は、現場の実情に近いものだと思います。
しかし、それでも難しい問題は残ります。
どこまで本人の自己決定を尊重するのか
本人が家を出たいと言う。
家族は反対する。
支援者は危険を感じる。
不動産会社は契約をためらう。
では、誰の判断を優先すればよいのでしょうか。
本人の人生なのだから、本人が決めるべきだ。
原則としては、その通りでしょう。
しかし、その決定の結果として生活が破綻したとき、実際には誰かが対応することになります。
家族が迎えに行く。
福祉事業所が相談を受ける。
医療機関が対応する。
行政につながる。
大家や管理会社が近隣トラブルに対応する。
本人だけで完結するとは限りません。
だからといって、家族や支援者が本人の人生をすべて決めていいわけでもない。
ここには簡単な正解がありません。
大切なのは、「本人の希望を尊重するか、しないか」という二択にしないことだと思います。
一人暮らしをしたいなら、まず何ができるのか。
毎月いくら使っているのか。
家賃はいくらまでなら払えるのか。
食事はどうするのか。
通院は続けられるのか。
困ったときは誰に連絡するのか。
金銭管理はどうするのか。
いきなり契約する前に、具体的な生活を一つずつ見える形にしていく。
本人の希望を否定するのではなく、希望を現実の生活に変換する作業が必要なのだと思います。
空き家が増えても、住む家が見つからない人がいる
日本では空き家が増え続けています。
一方で、高齢者や障害者、低所得者など、住まいを探すことに苦労する人がいます。
家は余っている。
それなのに、住む家が見つからない。
一見すると矛盾しています。
しかし、住宅は単なる空間ではありません。
大家には貸すリスクがある。
本人には収入の限界がある。
審査がある。
保証の問題がある。
家族関係がある。
障害や病気がある。
交通の問題がある。
買い物や通院の問題がある。
そして、入居した後に生活を維持できるかという問題がある。
だから、空いている家に困っている人を入れれば解決する、というほど単純ではありません。
「貸せる家」ではなく「暮らし続けられる住まい」を考える
高齢者や障害者が賃貸住宅を借りにくいことは、確かに社会的な課題です。
不合理な偏見はなくしていく必要があります。
大家が安心して住宅を貸せる仕組みも必要です。
居住支援も必要です。
しかし、それだけでは足りません。
必要なのは、
その人が入居できるかではなく、その人がそこで暮らし続けられるかを考えることです。
本人の希望だけでも決められない。
家賃だけでも決められない。
空室があるかどうかだけでも決められない。
身体機能。
認知機能。
精神状態。
収入。
金銭管理。
家族関係。
福祉サービス。
医療。
交通。
買い物環境。
そして住宅そのもの。
これらを一緒に見なければ、本当の意味での住まいは選べません。
住宅政策と福祉を別々に考えている限り、この問題は解決しないでしょう。
家を借りることがゴールではありません。
そこで、その人の生活が続いていくこと。
本当に考えるべきなのは、その先なのだと思います。
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