本当のバリアフリー玄関とは何だろう――段差をなくしても、日本人は靴を脱げる

介護と住まい

玄関の段差が上がりにくくなった。

そんな相談があれば、一般的には「段差を低くする」「式台を置く」「手すりを付ける」といった方法を考えます。

もちろん、どれも間違いではありません。

でも、あるとき私は少し違うことを考えました。

そもそも、なぜ日本の玄関には段差があるのでしょうか。

海外のバリアフリー住宅について調べていると、この疑問が出てきました。

海外の住宅では、玄関から室内へほぼ同じ高さで入れる住宅も珍しくありません。

一方、日本の住宅では、玄関を開けると土間があり、その先に「上がり框」があります。

私たちは子どものころから、

「ここで靴を脱ぐ」

と教えられてきました。

では、身体が不自由になって玄関の段差が大きな障害になったとき、この段差は本当に残さなければならないのでしょうか。

今回は、玄関の段差を「どう乗り越えるか」ではなく、

「段差そのものがなくても、日本の玄関は作れるのではないか」

というところから考えてみたいと思います。


日本の玄関には、なぜ段差があるのか

まず、現在の日本の玄関を思い浮かべてください。

玄関ドアを開ける。

靴のまま入れる土間がある。

そこで靴を脱ぐ。

上がり框を上がる。

そこから先が室内です。

あまりにも当たり前なので、疑問に思うこともありません。

ところが、これは世界共通の住宅の形ではありません。

日本で履物を脱ぐ習慣が定着した背景には、一つだけではなく複数の要因があると考えられています。

日本の高温多湿な気候に対応するため、住宅の床を地面より高くして湿気を逃がしてきたこと。

床に直接座ったり、布団を敷いて寝たりする生活だったこと。

雨や泥の付いた履物を生活空間へ持ち込まないこと。

そして玄関や敷居によって「外」と「内」を明確に分けてきたことです。國學院大學の民俗学者による解説でも、高床の住居と内外を分ける観念の両方が、日本の玄関文化に関係したと説明されています。

だから上がり框は、単なる建築上の段差ではありません。

長い間、

「ここから先は家の中です」

と知らせる境界でもあったわけです。


バリアフリー住宅でも、玄関の段差は特別扱いされている

ここで面白いものがあります。

国土交通省が示している高齢者住宅の基準を見ると、日常生活空間の床は基本的に「段差のない構造」とされています。

ところが、例外があります。

その一つが、

「玄関の上がりかまちの段差」

です。

住宅の中はできるだけ段差をなくしましょう。

でも玄関については、日本の生活習慣などもあって段差が残ることを想定している。

なんとも日本らしい話です。

そして現実の住宅改修でも、

「上がり框を低くする」

「式台を置いて一段を二段にする」

「手すりを付ける」

といった方法がよく使われます。

ただ、車椅子を使う人から見ると事情が変わります。

20cmの段差を10cmにしても、

車椅子にとっては段差です。

そこで別の選択肢が出てきます。


上がり框そのものをなくした住宅は、実際にある

これは単なるアイデアではありません。

日本でも、上がり框を完全になくした住宅改修の実例があります。

アビリティーズ・ケアネットが公開している事例では、玄関アプローチにスロープを設けるとともに、上がり框そのものを撤去しています。

さらに下駄箱の位置を変更して玄関を広くし、車椅子のまま屋外から室内へ入れるようにしています。

ここで私は、

「だったら日本の玄関も、最初からこれでいい場合があるのではないか」

と思いました。

ただし、一つ問題があります。


段差をなくしたら、どこで靴を脱ぐのか

日本人にとって、ここはかなり重要です。

床を全部同じ高さにして、

「今日から靴のままリビングまでどうぞ」

と言われても、抵抗のある人は多いでしょう。

日本では住宅がかなり洋風になっても、玄関で履物を脱ぐ生活習慣は残ってきました。住宅の洋風化が進んでも、欧米型の土足生活は一般化しなかったことも地域資料などで指摘されています。

だったら、

靴を脱ぐ文化を残したまま、段差だけなくせないでしょうか。

ここからが住環境の面白いところです。


「高さ」で分けなくても、外と内は分けられる

たとえば、床の高さは同じままにします。

玄関側は水や汚れに強い床材。

その先から木質系のフローリング。

床材の色や質感も変える。

そうすると段差がなくても、

ここまでは靴。
ここから先は室内。

という境界を作ることができます。

これは単に床をフラットにする話ではありません。

これまで上がり框が担っていた仕事を、一度分解してみるのです。

上がり框がしていたこと別の方法に置き換える
外と内を分ける床材・色・質感を変える
靴を脱ぐ場所を示す床のデザインで示す
靴の汚れを室内へ持ち込ませない土間床・マット・清掃スペース
靴を脱ぎ履きするときに腰掛ける玄関ベンチ
靴を置くシューズ収納
「玄関らしさ」を作る家具・照明・床・収納で作る

こう考えると、

上がり框をなくすことと、玄関をなくすことは同じではありません。

ここは大きな違いです。


むしろインテリアの出番かもしれない

福祉の仕事をしていると、身体が不自由になった人の住宅には、必要な設備を追加することが多くなります。

手すり。

スロープ。

式台。

福祉用具。

安全のためには必要です。

ただ、それを繰り返していくと、いつの間にか自宅が「福祉のための空間」になってしまうことがあります。

玄関も同じです。

段差が危ない。

だから式台を置く。

不安定だから手すりを付ける。

座って靴を履けないから椅子を置く。

一つ一つは正しい。

でも最初から、

「身体が変わっても使いやすく、普通に格好いい玄関」

として設計する方法もあるはずです。

たとえば玄関ベンチなら、「高齢者用の椅子」である必要はありません。

必要なのは、

立ち上がれる座面の高さがある。

身体を支えられる。

足を引くスペースがある。

安定している。

その条件を満たしたうえで、家の雰囲気に合う家具を選べばいい。

収納も同じです。

握力が弱ければ、つまみにくい小さな取っ手は避ける。

車椅子なら、手の届く高さを考える。

そのうえで色や素材を選ぶ。

身体に必要な条件を先に決め、その条件を満たす美しい家具を選ぶ。

福祉とインテリアは、本来ここでつながるのだと思います。


ただし「完全フラットなら正解」でもない

ここは注意が必要です。

上がり框をなくせば、すべて解決するわけではありません。

たとえば車椅子。

人は靴を脱げます。

しかし、

車椅子はタイヤを脱げません。

雨の日に外を走った車椅子なら、タイヤには水や泥が付いています。

そして北海道なら、さらに雪があります。

冬の玄関には、雪の付いた靴、長靴、濡れたコート、融雪剤、砂などが入ってきます。

車椅子のタイヤにも雪や水が付きます。

函館の冬を考えれば、

「外国の住宅がフラットだから日本も全部フラットにすればいい」

では済みません。

フラットにするなら、

どこでタイヤを拭くのか。

濡れた物をどこに置くのか。

水をどう処理するのか。

土足ゾーンをどこまでにするのか。

掃除しやすい床材は何か。

こうしたことまで一緒に考える必要があります。

段差をなくした結果、暮らしにくくなったのでは意味がありません。


上がり框が便利な人だっている

もう一つあります。

上がり框は「邪魔な段差」としてだけ存在しているわけではありません。

高さによっては、そこへ腰掛けて靴を履いている人もいます。

その人にとっては、

段差そのものが椅子の役割をしている

わけです。

だから、

「高齢者だから段差をなくしましょう」

でもない。

「車椅子だから必ず上がり框をなくしましょう」

でもありません。

その人が玄関で何をしているのかを見る。

歩いて入るのか。

車椅子なのか。

靴を立って脱げるのか。

座る必要があるのか。

家族はどう使うのか。

外からどのくらい汚れを持ち込むのか。

そして、その家でこれからどんな生活をしたいのか。

そこまで見て初めて、その人に必要な玄関が見えてきます。


本当のバリアフリー玄関とは何だろう

私は、段差がゼロなら「本当のバリアフリー」だとは思いません。

段差があっても、その人が安全に使えているなら問題にならない場合もあります。

反対に、ほんのわずかな段差でも、それによって車椅子で一人では外へ出られないなら、その人にとっては大きな障壁です。

大切なのは、

段差を何cmにするかだけではなく、その玄関で何ができるか。

外へ出られる。

帰ってこられる。

靴を脱げる。

座れる。

物をしまえる。

家族も使える。

そして、できれば玄関を見たときに、

「介護のためにこうなってしまった」ではなく、「この玄関が好きだ」と思える。

そこまで含めて住環境なのではないでしょうか。

上がり框には、日本人が長く続けてきた「外と内を分ける」という役割があります。

ならば、その文化まで捨てる必要はありません。

身体にとって障壁になる「高さ」はなくしても、

床材で分ける。

家具で分ける。

収納で分ける。

色や照明で分ける。

段差が担っていた役割を、別の環境に引き受けてもらうことができます。

これは玄関だけの話ではありません。

身体が変わったとき、今までの暮らし方を全部諦めるのではなく、

その暮らしに必要だったものは何なのかを一度分解し、別の方法で作り直す。

作業療法士として住環境を考えるとき、私はそこまで考えたいと思っています。

段差をなくしても、日本人は靴を脱げます。

そして身体が変わっても、自分らしい玄関を作ることはできるはずです。

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