「最近、ペットボトルのふたが開けにくくなった」
そんな経験はないでしょうか。
ふたを強く握っているつもりなのに滑る。何度も持ち直さないと回らない。家族に「これ開けて」と頼むことが増えた。
こうした小さな変化は、年齢を重ねた人だけの話ではありません。
関節リウマチなど手指に症状がある人にとっては、ペットボトルの開栓や缶のプルトップを起こすような、私たちが何気なく行っている動作そのものが負担になることがあります。
では、ペットボトルを開けるには、実際にどのくらいの握力が必要なのでしょうか。
調べてみると、かなり興味深い数字が出ています。
ペットボトルを開ける目安は「握力17.7kg」という研究がある
高齢者を対象とした研究では、実際にペットボトルのふたを開けられるかどうかを判別する握力として、17.7kgという値が報告されています。
これはなかなか面白い数字です。
握力というと、健康診断や体力測定で「右○kg、左○kg」と測って終わることが多いと思います。
しかし生活の中で重要なのは、握力計の数字そのものではありません。
その力で何ができるのか。
こちらです。
ペットボトルのふたを開ける。
瓶のふたを回す。
袋を開ける。
ドアノブを回す。
蛇口を操作する。
衣服のボタンを留める。
鍵を回す。
買い物袋を持つ。
握力や手指の機能が低下したとき、こうした何でもない動作の一つ一つに影響が出てきます。
そして興味深いことに、ペットボトルを開けられるかどうかは、単なる「ふた開け」の問題ではない可能性も指摘されています。
近年の研究では、ペットボトルの開栓能力とフレイルやサルコペニアとの関係も検討されています。80歳を対象にした研究では、「すぐに開けられる」「何回か力を入れれば開けられる」といった違いからプレフレイルを捉えられる可能性まで研究されています。
たかがペットボトル、ではないのです。
ただし「17.7kgあれば開けられる」と考えるのは少し違う
ここは注意が必要です。
17.7kgという数字は、
「17.7kg以上なら誰でも開けられる」
という合格ラインではありません。
なぜなら、ペットボトルを開ける動作は、握力だけで行っているわけではないからです。
片方の手でボトル本体を固定し、反対の手で小さなキャップをつかむ。そしてキャップが滑らないように力を加えながら回転させる。
この短い動作の中でも、
握る・つまむ・固定する・回す
という複数の能力を使っています。
ここを考えないと、「握力はそれなりにあるのに、なぜ開けられないのだろう」という話になります。
「握る力」と「つまむ力」は同じではない
私たちが普段「手の力」と呼んでいるものも、実際には一種類ではありません。
例えば、握力計をギュッと握るような力と、親指と指先で小さなものをつまむ力では、手の使い方が違います。
後者はピンチ力と呼ばれます。
ピンチにも、親指と人差し指の指腹を合わせるようなもの、三本の指を使うもの、鍵を持つように親指を横から当てるものなどがあります。
だから、
「握力が弱い」=「手の機能が全部弱い」
でもありませんし、
「握力がある」=「生活上の手作業に困らない」
でもありません。
この違いが非常によく表れている研究があります。
関節リウマチの人では約3割がペットボトルを開けられなかった
関節リウマチの高齢女性91人を対象に、握力やピンチ力とペットボトル開封との関係を調べた研究があります。
結果は、
開封できた人 63人(69.2%)
開封が困難だった人 28人(30.8%)
でした。
つまり、この対象者では約3人に1人が開封困難だったことになります。
さらに開封できるかどうかを判別するカットオフ値として、
握力 15.4kgf
三指つまみ 4.1kgf
などが報告されています。
ここで私が注目したいのは、15.4という数字そのものよりも、研究者が握力だけでなく、側方つまみ、三指つまみ、指腹つまみまで調べていることです。
実際、研究ではペットボトルの開封には握力だけでなくピンチ力も関係している可能性が指摘されています。
これなら、実際の生活で起きていることともつながります。
実際に「グリップもピンチも効きにくい」人を見て
私が関わっている方の中にも、関節リウマチがあり、手の操作に苦労している方がいます。
特に難しいのが、
しっかり握ることと、小さなものをつまむこと。
つまりグリップとピンチです。
そこで最近、3Dプリンターを使って、ペットボトルなどを開けるためのオープナーと、缶のプルトップを起こすための道具を作って渡しました。普段できない動作を補、自助具というものです。

必要なのは、必ずしも「もっと強く握れるようになること」だけではなく、工夫できることがあれば可能な動作であると気づくことです。
できない動作を、身体だけの問題にしない
リハビリテーションでは、もちろん身体機能を維持したり改善したりすることは重要です。
しかし、
「ふたが開けられない」
↓
「握力が弱い」
↓
「では握力を鍛えよう」
これだけではありません。
必要とされる力の方を小さくすることもできます。
例えば、小さなキャップを指だけで強くつかむのが難しいのであれば、道具によって握る部分を大きくする。
すると同じキャップを回す場合でも、手から力を伝えやすくなります。
プルトップも同じです。
爪や指先を小さな隙間に入れ、リングを引き起こすことが難しいのであれば、道具をリングに掛けて操作する方法があります。
これは「本人の能力を変える」という発想とは逆です。
本人に要求する能力を、道具の側から変える。
福祉住環境を考えるとき、私はこの考え方が非常に重要だと思っています。
関節リウマチなら「頑張って握る」が正解とも限らない
もう一つ重要なのが、関節の保護です。
日本リウマチ財団の情報でも、関節リウマチでは関節に負担をかけない動作が勧められています。例えばコップや食器を両手で持つ、重い鍋を両手で扱うなど、生活動作そのものを工夫する考え方です。
また、関節リウマチ患者を対象にした先ほどの研究でも、身体機能による代償が難しい場合や関節保護を考える場合には、自助具や環境設定によって補うことが望ましいとされています。
作業療法でも、自助具は昔から重要な手段の一つです。
日本リウマチ財団も、重症の関節リウマチでは自助具や住環境の変更によって身の回りの動作を支える方法を紹介しています。
つまり、
「できないから頑張る」だけがリハビリではありません。
痛みのある関節を毎回酷使してふたを開けるよりも、道具を一つ使って楽に開けられるのであれば、それも立派な解決方法です。
3Dプリンターが面白いのは「その人用」を試せること
今回3Dプリンターを使ってみて面白いと感じたのは、単に自助具を安く作れることではありません。
形を変えられることです。
手の状態は人によって違います。
強く握れない人。
指先でつまめない人。
親指に痛みがある人。
手首を大きく動かしにくい人。
片手しか使えない人。
既製品の自助具が使いやすい人もいれば、微妙に合わない人もいます。
だったら、持つ部分を少し太くする。
指を引っ掛ける場所を作る。
長さを変える。
必要な力が小さくなる形を考える。
試作品を使ってもらい、使いにくければ形を変えてもう一度作る。
こういうことが比較的簡単にできるのは、3Dプリンターの面白いところです。
関節リウマチのリハビリテーション分野でも、自助具の作製はOTによる具体的な支援の一つとして位置づけられています。
だから私は、3Dプリンターそのものが重要なのではなく、
「生活上の困り事を見つけ、その人に合う形に道具を変える手段が一つ増えた」
と考えています。
「ペットボトルが開かない」を小さなことだと思わない
ペットボトルのふたが開かなくても、誰かがそばにいれば開けてもらえます。
プルトップが起こせなければ、家族に頼めば済むかもしれません。
だから一つ一つは、小さな困り事に見えます。
でも生活というのは、この「小さな動作」の集合です。
ペットボトル。
缶詰。
食品の袋。
瓶。
ドアノブ。
蛇口。
鍵。
ボタン。
ファスナー。
調理器具。
こうしたものを一日に何回触っているでしょうか。
一つ一つについて誰かに、
「これ開けて」
「これやって」
と頼まなければならなくなれば、その影響は決して小さくありません。
だから「握力が何kgあるか」を測ることも大切ですが、私はそれ以上に、
その人が生活のどこで困っているのか
を見る必要があると思っています。
身体に生活を合わせるのではなく、生活を身体に合わせる
ペットボトルを開けられなくなった。
そのとき、
「もっと力をつけなければ」
と考える方法があります。
一方で、
「どうすれば、この力でも開けられるだろう」
と考える方法もあります。
家の段差、手すり、家具、福祉用具なども、本質的には同じです。
人間の身体を住宅や製品に無理やり合わせるのではなく、住宅や製品の側を人間に合わせていく。
今回作った小さなオープナーを使って喜んでもらえたことは、そのことを改めて考えるきっかけになりました。
ペットボトルのふた一つでも、そこには握力、ピンチ力、関節、製品の形、道具、そして生活があります。
「開けられないなら力をつければいい」
ではなく、
「どうしたら、この人の今の手で開けられるか」
そこから考える。
福祉住環境を考えるというのは、家の間取りや手すりだけではなく、こういう日常の小さなところから始まるのだと思います。
あなたの「これ、使いにくい」を教えてください
家、街、車、家電、文房具、衣類など、毎日の生活で「使えないわけじゃないけど、なんでこんなに使いにくいんだろう」と感じるものはありませんか。
このブログでは、そんな身近な違和感も実際に調べたり、測ったりしながら取り上げていきます。
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