「力が足りない」ではなく、もう片方の手がしていたことを考えてみる
片手だけで、この缶のふたを開けてみます。
ふたの縁に指をかける。
少し持ち上げる。
ここまではできます。
ところが、ふたを外そうとすると缶本体まで一緒に動いてしまいます。
両手なら何でもない動作です。
片方の手で缶を押さえ、もう片方の手でふたを外せばいい。
普段はほとんど意識することもありません。
ところが片手だけにすると、急に難しくなります。
実際にやってみると、あることに気づきました。
問題は「ふたを外す力」だけではありません。
もう片方の手が、かなり重要な仕事をしていたのです。
もう片方の手は「何もしていない」わけではない
ふたを開ける側の手は目立ちます。
指をかける。
つまむ。
持ち上げる。
引っ張る。
そのため、「ふたが開けられない」と聞くと、
「握力が弱いのではないか」
「指先の力が足りないのではないか」
と考えたくなります。
でも、動画で片手だけの動作を見ると、それだけではありません。
反対の手は、
缶を押さえ、動かないように固定する
という仕事をしています。
両手で行っているときには、あまり意識しない動作です。
片手になることで、その役割がなくなります。
すると、ふたを動かそうとした力が缶本体にも伝わり、缶まで動いてしまいます。
ここが面白いところです。
「開けられない」を一つの能力として見ない
生活の中で、
「ペットボトルが開けられない」
「袋が開けられない」
「缶が開けられない」
ということがあります。
でも、「開けられない」という結果だけを見ても、原因は分かりません。
今回の缶なら、
ふたに指をかけられない。
ふたを持ち上げられない。
ふたを引く力が足りない。
缶本体を固定できない。
どこで動作が止まっているかによって、必要な対策は変わります。
だから作業療法では、単に「できる・できない」だけではなく、その動作のどこで難しくなっているのかを見ることが重要になります。
握力を鍛えれば解決するのか
ここで、
「それなら手を鍛えればいい」
とは限りません。
例えば脳卒中による片麻痺などで、片方の手を十分に使えない人を考えてみます。
使える側の手に、ふたを外すだけの力があったとしても、缶を押さえるもう一方の手が使えなければ、同じ問題が起こる可能性があります。
だったら考えるべきなのは、
人の力を強くすることだけではありません。
もう片方の手がしていた、
「固定する」という仕事を別のものに任せられないか。
という発想です。
もう片方の手を「環境」に置き換える
例えば、缶の下に滑り止めを敷いたらどうでしょう。
缶を固定する台があったらどうでしょう。
机の角などを利用したらどうでしょう。
専用の自助具を使ったらどうでしょう。
あるいは、缶そのものに片手でも固定しやすい工夫があったらどうでしょう。
ここで、
「できない人」から「できない環境」へ視点を少し動かすことができます。
片方の手が担っていた機能を、道具や環境に持たせる。
これは福祉用具や自助具を考えるときの、とても重要な発想です。
では、滑り止めを敷けば本当に開けられるのか
ただし、ここで終わってはいけません。
「滑り止めを使えば解決します」
と書くのは簡単です。
でも、本当にそうでしょうか。
滑り止めを敷いても缶が回るかもしれない。
缶は止まっても、ふたに指をかけにくいかもしれない。
固定するために強く押し付ける必要があるかもしれない。
開けられたとしても、非常に時間がかかるかもしれない。
そして本人が、
「こんな面倒なら使わない」
と思うかもしれません。
そこで必要になるのが、実際に使って確かめることです。
「開いた」だけでは、使いやすいとは言えない
この缶を題材にユーザビリティを考えるなら、私は例えば次のような点を見てみたいと思います。
開けられたか。
もちろんこれは必要です。
でも、それだけではなく、
何秒かかったか。
何回やり直したか。
缶が途中で動いたか。
ふたに指をかけられたか。
痛みや強い力が必要だったか。
危険な動きはなかったか。
そして、
本人が「これなら普段も使える」と思ったか。
ここまで見れば、「片手でも使用可能」という一言より、ずっと多くのことが分かります。
条件を変えて比べてみたい
今回の動画は、まだ本格的なユーザビリティテストではありません。
まず片手だけで操作してみて、
どこで動作が難しくなるのかを見てみた段階です。
ここから条件を変えてみると面白そうです。
例えば、
① 何も使わず片手だけ
② 缶の下に滑り止めを敷く
③ 市販の固定具や自助具を使う
④ 必要なら固定方法そのものを作ってみる
同じ人、同じ缶でも、環境を一つ変えることで結果が変わるのか。
成功するかだけではなく、時間や失敗回数、使いやすさまで比べてみる。
ここから先が、ユーザビリティテストになっていきます。
「片手でできない」は、その人だけの問題なのか
今回、片手で缶を開けてみただけでも、普段は気づかないことが見えてきました。
両手で何気なく行っている生活動作には、
片方の手で操作し、もう片方の手で対象物を固定する
というものがたくさんあります。
瓶のふた。
食品の袋。
レトルトパウチ。
歯磨き粉。
詰め替え容器。
食品トレーのフィルム。
もしかすると私たちが「簡単な動作」だと思っているものの中には、最初から両手を使えることを前提に作られているものが、かなりあるのかもしれません。
だったら、
「片手だから仕方がない」
で終わらせるのではなく、
どの動作で困るのか。
もう片方の手は何をしていたのか。
その役割を道具や環境に置き換えられないか。
実際に試して確かめてみる。
これから福祉住環境研究所では、そんな視点でも身の回りの製品を見ていきたいと思います。
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