握力が弱くなったら、鍛えるべきか。道具を変えるべきか。

暮らしの使いにくさ

ペットボトルの蓋が開けにくくなった。

お菓子の袋が開かない。

缶のプルトップに指が入らない。

玄関の数センチの段差で、足が引っかかるようになった。

こういう変化が起きたとき、私たちはまず「身体の衰え」を考えます。

握力が落ちた。

足が上がらなくなった。

バランスが悪くなった。

だから、

筋力をつけよう。

これは間違いではありません。

私は作業療法士ですから、身体機能を維持することの重要性はよく分かっています。

しかし、生活という視点から見ると、もう一つ方法があります。

人の能力を上げるのではなく、その動作に必要な能力を下げる。

この考え方です。

10kgの力が必要なら、5kgで使える道具にできないか

例えば、ある蓋を開けるために10の力が必要だとします。

使う人には7の力しかない。

普通なら、

7を10まで鍛えよう

と考えます。

でも道具の方を変えて、

必要な力を10から5にする

ことができれば、その人は今の身体のままで蓋を開けられます。

実際の道具では、こんなことが行われています。

グリップを太くする。

柄を長くする。

滑りにくくする。

力を加える位置を変える。

指を引っ掛ける場所を作る。

てこの原理を使う。

どれも人間を強くしているわけではありません。

道具側が、人間に要求する能力を小さくしている。

考えてみれば、私たちが普段使っている道具の多くがそうです。

栓抜きは、素手で瓶の栓を外せない人のための道具です。

ハサミは、紙を指で引き裂かなくても切れるようにしています。

キャスターは、重い物を持ち上げなくても移動できるようにしています。

道具というのは、もともと人間の能力不足を補うためのものとも言えます。

ペットボトルが開かない人に起きていること

このサイトでは以前、握力が弱くなると日常生活のどこで困るのかを取り上げました。

ドアノブを回す。

蛇口をひねる。

引き出しを引く。

ペットボトルを開ける。

こうした何気ない生活動作にも、手の力が使われています。

ただし、ペットボトルが開かないからといって、単純に「握力が弱い」とは限りません。

指先でつまむ力。

手首を安定させる力。

痛み。

皮膚と蓋との摩擦。

両手を同時に使う能力。

蓋の大きさ。

いろいろな条件が重なっています。

だから握力計の数字だけを見ても、

その人がペットボトルを開けられるかどうかは完全には分かりません。

ここが、身体機能を「生活」に置き換えて考える面白いところです。

実際に、道具を一つ渡してみた

私が関わっている人の中に、手で握る力と、指先でつまむ力がうまく働きにくい方がいます。

そこで先日、3Dプリンターで作ったペットボトル用のオープナーと、缶のプルトップを起こすための道具を渡してみました。

大掛かりな機械ではありません。

非常に単純な形をした小さな道具です。

でも、喜んでもらえました。

このとき、その人の握力は変わっていません。

指の機能も変わっていません。

変わったのは、

「その作業をするために必要な能力」の方です。

ここには、リハビリとはまた違った面白さがあります。

では、段差はどうだろう

同じことを住宅に広げてみます。

5cmの段差を越えるのが難しい人がいる。

そこで、

「もっと足を上げてください」

「脚の筋力をつけましょう」

という方法があります。

一方で、

5cmを2cmにする。

スロープを置く。

手すりを設置する。

足元を見やすくする。

歩行器を変える。

という方法もあります。

こちらは人を変えていません。

環境が人に要求する能力を変えています。

このサイトで以前「段差は何cmから危険なのか」を取り上げましたが、段差の危険性は高さだけでは決まりません。

身体の状態、段差の位置、周囲のスペース、そこで行う動作によって変わります。

さらに面白いのは、普段なら越えられる段差でも、荷物を持つと転ぶことがあることです。

荷物を持つ。

注意がそちらへ向く。

身体のバランスが変わる。

足を上げるタイミングが少し遅れる。

すると、いつも越えている数センチの段差に引っかかる。

つまり、

「この人には5cmの段差を越える能力があるか」

だけを測っても、生活は分からないのです。

福祉用具と普通の日用品の境界は、案外あいまい

ここからもう一つ面白い問題が出てきます。

例えば、

ペットボトルオープナー。

滑り止めマット。

持ち手の太いスプーン。

履きやすい靴。

立ち上がりやすい椅子。

センサーライト。

軽い掃除機。

取っ手の大きな収納。

これらのうち、どこからが「福祉用具」でしょうか。

実は生活する人にとって、その分類はあまり重要ではありません。

重要なのは、

それを使うことで何ができるようになるか。

です。

介護用品売り場に置いてあるから役に立つわけではありません。

逆に普通のホームセンターや家具店、靴屋で売られている商品が、ある人にとって非常に優れた生活支援用具になることもあります。

ここは、私はもっと評価されていいと思っています。

良い道具は「力を使わなくていい道具」なのか

ただし、ここで一つ問題があります。

必要な能力を下げれば下げるほど良いのでしょうか。

極端な話、

歩かなくていい。

立たなくていい。

握らなくていい。

階段を上らなくていい。

何でも機械がやってくれる。

となれば、生活は楽になります。

しかし身体は、使わなければ衰えます。

以前「住環境はリハビリになるのか」という記事で、私は安全だけを追求して身体を使う機会まで奪ってしまう問題について書きました。

これは道具でも同じです。

できないことを補うことと、できることまで奪うことは違う。

ここに福祉用具や住環境を考える難しさがあります。

100を要求する環境と、0を要求する環境

私はこの問題を、

「その環境が人にどのくらいの能力を要求しているか」

で考えると分かりやすいと思っています。

能力100が必要な環境では、多くの人が生活できません。

だから道具や住宅を工夫して、要求を70、50、30へ下げる。

しかし全部0にしてしまえば、今度は人間が能力を使う機会がなくなります。

大切なのは、

その人が持っている能力を使いながら、できない部分だけ環境が補うこと。

なのではないでしょうか。

これは人によって違います。

同じ手すりでも、必要な人には生活を広げる道具になります。

まだ十分立てる人に過剰に使えば、身体を使う機会を減らすかもしれません。

同じ段差でも、訓練として安全に越えられる人と、転倒の危険しか生まない人がいます。

だから、

「便利な商品だから良い」でも、「身体を鍛えればいい」でもない。

人と道具の組み合わせを見る必要があります。

「できない」は、誰の問題なのか

ペットボトルを開けられない。

段差を越えられない。

靴を履けない。

高い棚に手が届かない。

私たちはつい、

「その人ができない」

と表現します。

でも、少し見方を変えると、

「その商品が、その人には使えない」

とも言えます。

あるいは、

「その住宅が、その人の身体に合っていない」

とも言える。

この違いは大きいと思います。

本人だけに原因を置けば、答えは「頑張る」「鍛える」「誰かにやってもらう」になりやすい。

環境との関係で考えれば、

形を変える。

高さを変える。

摩擦を変える。

重さを変える。

配置を変える。

道具を足す。

という別の答えが出てきます。

身体を変えることには限界があります。

でも、道具と環境にはまだ変えられる余地がかなり残っています。

ペットボトルの蓋から家の段差まで。

一見まったく違う問題ですが、根っこは同じです。

「人ができない」のか。
それとも「今の環境ではできない」のか。

この二つを分けて考えるだけでも、生活の解決策はかなり増えるのではないでしょうか。


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